来客はチャーチルやチャップリン…サービスのプロ「使用人」

レビュー

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なぜ「使用人」になるのか?何が楽しみなのか?

[レビュアー] 成毛眞(書評サイト〈HONZ〉代表)

 数年前にチャーチルの生家、ブレナムパレスに行ったことがある。オックスフォード近郊にあるその宮殿は、驚くことに渋谷区と港区と千代田区を合わせた面積に匹敵する広大なものだった。

 その真ん中に屹立するのは200以上の部屋を持つまさにお城であり、その中では300年ほど前から貴族と使用人たちが暮していた。

 いまでも階級制度が残るイギリスには、このような城が多数存在する。本書はその城のなかで大番頭として働いていた男たちの物語である。

 たとえば自作農の家に生まれ、14歳で医者の小姓になったのを振り出しに、独身貴族の第二下男の職にありついたエドウィン・リー。意外にも今でいう転職会社を利用して奉公先を変えながら、第一下男、客室接待係、従僕、そして使用人世界のスターである執事へと昇格していく。

 時代は20世紀初頭。登場する魅力あふれる5人の執事たちは、ときには主人の客としてあらわれたチャーチルやチャップリンの給仕をし、兵士として二つの世界大戦に巻き込まれ、銀器の手入れやワインについて学び、それでいて主人の客をチップの額で値踏みする。

 雑用係でもモーニングを着用し、朝から晩まで住み込みで働く彼らの姿は、まさにサービス業のプロ中のプロであり、世界中の星付きレストランで供せられる最高級サービスの原点であろう。

 著者は2014年に日本で翻訳出版され話題になった『おだまり、ローズ』のロジーナ・ハリソン。1899年生まれのハリソンは石工の家に生まれ、ある子爵家で35年奉公した。

 本書も彼女の1976年の作品なのだが、古さは一切感じられない。なにしろ翻訳が素晴らしい。登場人物の性格を読み込み、一人称も私、ぼく、おれときちんと使い分けている。

 テレビドラマ「ダウントン・アビー」のファンであれば必読の一冊。

新潮社 週刊新潮
2017年2月9日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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