『映画的思考(新編)』
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【文庫双六】ドン・キホーテで思い出すのは――川本三郎
[レビュアー] 川本三郎(評論家)
ドン・キホーテですぐに思い出すのは、戦後を代表する文芸評論家の一人、花田清輝。終戦後に出版した評論集『復興期の精神』は、混乱期を生きる読者に大きな影響を与えた。
ダンテ、マキャヴェリ、ゲーテらと並んで作者のセルバンテスを論じた。といってもそこは一筋縄ではゆかない複眼の批評家。主人公の騎士より従者のほうに着目した。別の書で言う。
「ドン・キホーテの馬の名は その名も高きロシナンテ サンチョ・パンサの驢馬の名は いくら探してもみあたらぬ」。従者に、さらにはそのロバに目をやろうとした。現代風に言えば周縁の思想。
私が文芸評論を書くようになった一九七〇年代のなかば、「花田清輝論」を書いた。花田清輝は映画が好きだった。マリリン・モンローやミュージカル・スターのミッチイ・ゲイナーを堂々と論じた。
そこに映画好きとして親近感を覚えた。七〇年代当時、文芸批評を書く一方、映画批評を書くと、純文学偏重の編集者から「筆が荒れる」と叱られた。
そんな時、花田清輝の存在は心強かった。文芸批評家が映画批評を書いてもいいんだ!
『新編映画的思考』は、もっとも影響を受けた花田清輝の映画批評集。
論じられる映画は多様。
「勝手にしやがれ」「椿三十郎」「眼には眼を」、無論、ソ連映画「ドン・キホーテ」。地味な西部劇「必殺の一弾」もある。
映画の見方は、徹底して周縁、隅にこだわる。主役のドン・キホーテより傍役のサンチョ・パンサに、そのロバに目を向ける。
黒澤明監督の「椿三十郎」を見て、三船敏郎をはじめ男たちが斬り合いをしようとするかたわら、団令子演じるお姫様が乾草の上で「いい匂い」と言う場面に感動する。
さらに奥方、入江たか子が三船に「助けてもらってなんですが、あなたは人を斬りすぎますよ」と言うのにも。花田批評の真骨頂。