【ニューエンタメ書評】宮部みゆき『三鬼 三島屋変調百物語四之続』、今野敏『サーベル警視庁』ほか

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書籍情報:openBD

ニューエンタメ書評

[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)

 正月のことである。昼から酒を飲みながら、ダラダラとテレビを見ていたら、佐伯泰英の『空也十番勝負 青春篇 声なき蟬』上下巻(双葉文庫)のコマーシャルが流れたので驚いた。でも、内容を知って納得。昨年の一月に完結した「居眠り磐音 江戸双紙」シリーズの世界を使った、新たな物語だったのだ。しかも同シリーズの主役だった坂崎磐音の息子の空也が、主人公ではないか! あの大ヒット・シリーズの姉妹篇。これなら出版社も、テレビ・コマーシャルを流すほど力を入れるのも、当然といえよう。
 十六歳の坂崎空也は、薩摩の東郷示現流を稽古すべく、武者修行の旅に出た。修行が終わるまで、無言の行を貫くと誓ってのことである。だが、薩摩の国境で謎の敵に襲われた。さらに、山小屋で世話になった、肥後人吉藩の家族三人まで殺されてしまう。どうやら敵は、外城衆徒と呼ばれる、薩摩藩の者たちらしい。罪なき家族の仇を討つことを誓った空也は、外城衆徒と小競り合いを繰り返しながら、ついに激突。群がる敵を倒したものの、滝壺に落ちて、消息を絶つのであった。
 というのが上巻の粗筋だ。下巻に入ると、前藩主の側近だった渋谷重兼と、その孫娘の眉月に助けられ、死の淵から生還。野太刀流の薬丸新蔵という好敵手を得たり、眉月と愛をはぐくんだりしながら、藩内の闘争にかかわっていくのである。
 タイトルに“空也”とあるが、主人公の名前が出てくるのは、ラストになってからである。無言の行についても同様で、彼が声を発するのは、やはりラストだ。これはひとりの若者が、さまざまな闘いを経て剣士として再誕し、その産声を上げたと解釈するべきだろう。怒濤のチャンバラを楽しみながら、空也という青年の成長の軌跡を、堪能することができるのである。
 また、「居眠り磐音 江戸双紙」シリーズの面々が登場するのも、見逃せないポイントだ。ストーリーに深くかかわってくるのは空也の“姉”の霧子くらい。でも、坂崎磐音を始めとするお馴染みの人々が、顔を覗かせてくれるだけで嬉しいのである。彼らと共に、空也の活躍を、これからも見守っていきたいものだ。
 安部龍太郎の『家康(一)自立篇』(幻冬舎)は、ベテラン作家が徳川家康の生涯に挑んだ雄篇だ。全五巻の予定だという。本書では、桶狭間の戦い前夜から、家康が武田信玄に敗北した三方ヶ原の戦いまでが扱われている。
 慕っていた祖母の自害にショックを受けながら出兵し、さまざまな思惑に翻弄された松平元康(後の家康)。その渦中で未来へのビジョンを得た彼は、今川家と決別して織田信長と結び、じりじりと足場を固めていくのだった。
 狸親爺のイメージが強い家康だが、最初からそのように老成した人物だったはずがない。本書に登場する家康は、青臭く短慮な若者である。でも、戦国乱世が彼に成長を強いる。そうしなければ生き残ることができないからだ。苦労を糧に、したたかな人間へと変貌していく家康を、作者は悠然たる筆致で活写している。そこが本書の魅力であろう。
 さらに、家康を取り巻く女性陣の描き方がユニーク。悲運の母親といわれる於大の烈婦ぶりには、あっけにとられた。信長の妹のお市のキャラクターも、ビックリ仰天だ。新解釈により生き生きと動く、戦国女人も読みどころになっているのである。
 宮部みゆきの『三鬼 三島屋変調百物語四之続』(日本経済新聞出版社)は、人気シリーズの第四弾だ。江戸は神田にある袋物屋「三島屋」は、お嬢様のおちかが、ひとりの語り手を相手に怪異を聞く、変わり百物語が評判になっている。そして本書の語り手は四人。冒頭の「迷いの旅籠」は、妻を亡くした絵師の妄執が、鶴見川の北にある村に多くの死者を招くことになる。「三鬼」では、ある藩の寒村に現れる鬼を通じて、追いつめられた状況で生きるしかない人間たちの悲劇が抉られていた。「おくらさま」は、繁盛した商家の秘密と、語り手の意外な正体が暴かれる。どれも怖い話だ。
 だが、第二話の「食客ひだる神」だけは違う。なぜか夏場はそっくり休業してしまう仕出し屋〈だるま屋〉の主人が語るのは、ひだる神に取り憑かれた数奇な人生。美味いもの好きで、店の繁盛にも一役買ったひだる神を、いつしか親友のように思うようになった主人。人間と憑き神という立場を越えた、ユーモラスな友誼に、顔が綻んでしまうのだ。この話がアクセントになって、他の三作の厳しさが緩和されている。内容だけではなく、作品の絶妙な配置に、人気作家の実力を見る思いがした。
 なお、ラストの「おくらさま」で、あるお馴染みの人物が退陣することになった。その代りに、新たなキャラクターが投入されている。どうやらこのシリーズ、次巻で大きく動くことになりそうだ。
 今野敏の『サーベル警視庁』(角川春樹事務所)は、なんと明治警察小説だ。バラエティー豊かな警察小説シリーズを多数抱える作者だが、まだこんな手があったのかと感心した。しかもストーリーが、この時代ならではのものになっている。
 日露戦争の最中の明治三十八年。帝国大学講師の高島良造が刺殺された。日本古来の文化の排斥を訴えていた、過激な急進派である。警視庁第一部第一課の岡崎孝夫巡査は、同僚や上司と共に、この事件を担当することになった。やがて同日に陸軍大佐も刺殺され、さらに第三の殺人まで起こる。伯爵の孫で私立探偵だという西小路臨三郎や、元新選組三番隊組長・斎藤一改め藤田五郎、子爵令嬢の城戸喜子まで加わった捜査陣は、やがて時代の暗部へと行き着くのだった。
 同僚ほどの腕前も人脈も持たず、自身の警察官としての資質に疑問を抱いている岡崎は、いかにも今野作品の主人公らしい人物である。そんな岡崎を喰いかねない個性的な面々が周囲に揃っているが、なかでも目立つのが藤田五郎だ。元新選組隊士で、かつては警視庁に奉職していた老人は、維新から続く藩閥政治の闇に、切り込んでいくのである。
 さらにいうと藤田だけではなく、黒猫先生こと夏目漱石など、有名な明治人が巧みに使われている。そして近代化の中で日本という国が、いかにして変容していったかを、痛烈に指摘しているのだ。異色にして、面白すぎる警察小説。ぜひともシリーズ化してもらいたい。
 最後は、新人のデビュー作を、ふたつ取り上げよう。まずは、浅ノ宮遼の『片翼の折鶴』(東京創元社)である。柳都医科大学病院の救急課で、病棟医長の役職を任されている西丸豊を探偵役にした、医療ミステリーの連作集だ。ただし、第十一回ミステリーズ!新人賞を受賞した「消えた脳病変」だけ、医学部時代の西丸が登場する。新たに始まった脳外科の臨床講義。その授業で初老の講師が、生徒たちに不可解な症状の患者の謎を問いかける。本来、消えるはずのない病変が消失したのはなぜか。ミステリーを読みなれた人なら、なんとなく真相は見抜けるかもしれない。事実、私も分かってしまった。
 だが、本作が素晴らしいのは、その先だ。なぜ不可解な症状が現れたのか判明したとき、別の意外な事実が立ち上がってくる。これは凄い。しかもそれにより、医者の持つべき資質という真摯なテーマまで表現されているのだ。この受賞作を読むだけでも、本書を買う価値がある。
 もちろん他の四篇も出来がいい。特に表題作の「片翼の折鶴」は、冒頭から読者にミスリードを仕掛けながら、予想外の真相と、感動的なラストまで導いてくれる。現役の医者だという作者の知識と志が刻み込まれた、喜ぶべき一冊である。
 もうひとつのデビュー作は、柞刈湯葉の『横浜駅SF』(KADOKAWA)である。ただし本書が生まれた過程は、ちょっと曲折があった。最初、作者のツイッターによって、プロトタイプとなる文章が発表されたのである。当時、いささか話題になったので、ご存じの人もいるだろう。というか私もそのとき知って、読んだものである。その後、ネットの小説投稿サイト「カクヨム」が主催した、第一回Web小説コンテストのSF部門に応募したところ、見事に大賞を受賞。めでたく出版の運びとなった。
 改築工事を繰り返していた「横浜駅」が、なぜか自己増殖を開始してから数百年後。JR北日本とJR福岡が防衛戦を続けているものの、日本のほとんどが横浜駅化していた。横浜駅に飲み込まれた人々は、脳にSuikaを埋め込まれ、エキナカ社会で管理された生活を送っている。その横浜駅の外側、九十九段下という海沿いの狭い土地で生きていた三島ヒロトは、エキナカ社会への反逆で追放された男から、五日間だけ駅に入れる『18きっぷ』を託される。男たちのリーダーを救ってほしいという願いと共に。また、かつてエキナカの「ラボ」にいた教授と呼ばれる老人からは「42番出口に行け」といわれる。観光気分で横浜駅に入ったヒロトだが、JR北日本の工作員・ネップシャマイと出会い、横浜駅の真実に接近していくのだった。
 JR福岡の社員だった久保トシルとJR北日本の工作員・ハイクンテレケのパートもあるが、主人公はヒロトといっていい。ただし彼は、能動的ではない。日本を変える重大な局面に立たされながら、他の誰かと替えがきく存在として描かれている。流され続けたヒロトは、主人公として覚醒することなく、ほんのちょっとだけ変化するのだ。こうしたキャラクターの描き方は、実に現代的である。
 その一方で、横浜駅に関しては、SFの濃いアイディアがてんこ盛り。ホラ話といっていい設定を、独創的な世界へと昇華させたのは、作者の力であろう。驚異の才能である。

角川春樹事務所 ランティエ
2017年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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