蝮の孫 天野純希 著
[レビュアー] 清原康正(文芸評論家)
◆凡将としての生選ぶ
美濃の蝮(まむし)・斎藤道三の孫で、父・義龍(よしたつ)の病没により十四歳で家督を受け継いだ龍興(たつおき)は、愚将と呼ばれ続けた。美濃侵入を繰り返す織田信長との戦いに初陣するはずが、稲葉山城を出る前に落馬して負傷する失態を演じてしまったことで、暗愚との噂(うわさ)が一気に広まったのだった。
本書は、斎藤龍興の数奇な運命をたどってその内面と葛藤のさまを浮き彫りにし、暗愚説に異をとなえる戦国史小説。
永禄七(一五六四)年六月、十七歳の龍興は重臣・安藤守就(もりなり)とその娘婿・竹中半兵衛重治の突然の謀反で城を追われたものの、城を奪回する。軍師として認められたいとの野望を持つ重治はその後、木下藤吉郎の斡旋(あっせん)で信長に仕えた。永禄十年に侵攻してきた信長に城を追われた龍興は、越前の朝倉義景のもとに身を寄せ、天正元(一五七三)年の朝倉家滅亡と運命をともにした、とされている。だが、物語は一転してのどかな開墾場の描写となり、重治が訪れて来たことで意外な展開となっていく。
信長のように非情な戦略に徹するのが名将の条件ならば、自分は凡将のままでいい、と龍興は思う。重治も信長の非情な殺戮(さつりく)に疑問を持ち始めていた。戦国武将たちは何のために戦ったのかを、龍興と重治のそれぞれの生の選択を通して見据える作者の戦国史観が強く反映されており、物語に興趣を添えている。
(幻冬舎・1728円)
<あまの・すみき> 1979年生まれ。作家。著書『破天の剣』『覇道の槍』など。
◆もう1冊
司馬遼太郎著『国盗(と)り物語』全四冊(新潮文庫)。美濃の太守となった道三と娘婿の信長の波乱の生涯を描く歴史小説。