「人生を変えてくれたペンギン」 若き教師が綴った回想記

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「聞き上手」のペンギン……虜にならぬ人間などいない!

[レビュアー] 大竹昭子(作家)

 タイトルを見て目を疑った。ペンギンが人生を変える? あり得るだろうか。住む世界がまるでちがうというのに。

 海岸に重油まみれのペンギンたちが打ち上げられた。ほとんどが息絶えていたが、なかに一羽だけまだ生きているのがいた。小型のマゼランペンギンで、連れて帰って体を洗い、海にもどしてやると、Uターンしてよちよちとあとを追ってきた……。

 著者が若き日に巡り会ったペンギンとの暮らしを綴った回想記である。当時、彼は二十三歳。南米に憧れ、アルゼンチンに教職を得てイギリスからやってきた。一九七〇年代のその頃、アルゼンチンは政情不安でテロが頻発、周囲の猛反対を押し切っての行動だった。

 寄宿学校に住み込むが、その学校の屋上がペンギンの住まいになる。ペンギンは来る人をだれでも喜んで受け入れ、話しかけられるとじっと耳を傾ける聞き上手だった。虜にならないのはむずかしい。ラグビーの試合観戦でも決してピッチには近づかないし、生徒とプールで泳ぐときは最後の子が出ると一緒に上がってくるなど、「人間の世界で何が許され、何が許されないのか」を心得た節度ある客人だったのである。

 異国で先が知れない人生を送っていた著者は、ペンギンとの交流にどれほど心を癒され、励まされたことだろう。無政府状態の中で不安な暮らしをしていた土地の人も同様だった。学校の洗濯係のマリアの案内でペンギンをつれて彼女の家を訪ねていったときのマリアの言葉である。

「午後の日差しを浴びてペンギンといっしょに歩いてて幸せじゃない人なんていないよ」

 でっぷり太ったマリアの横を小さな生きものが短い歩幅でついて行く。殺人鬼だって微笑むような光景。人間だけでは作りだせない平安な空気を運んでくるこの聖なる生きものの未来が、暗くないことを祈らずにはいられない。

新潮社 週刊新潮
2017年2月23日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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