自閉症を生きる当事者の、誰にも理解してもらえない「孤独と痛み」 彼女の苦しみは他人事じゃない
[レビュアー] 中村うさぎ
天咲心良さんという方の自伝本『COCORA』の帯文を書いた。1月26日発売ということなので、現在、本屋さんの店頭に並んでると思う。ゲラを読んでものすごく衝撃を受け、なんだか熱烈な帯文を書いてしまった。
でも、本当にすごい本なのよ!
■「誰にも理解してもらえない」障害
著者の心良さんは、アスペルガー症候群だ。
知能の遅滞のない(それどころかめちゃくちゃ高い知能の持ち主だったりする)自閉症の一種で、知的障碍がない分、本人にも周囲にもわかりにくい。
ただただ協調性がなく非常識な変人として扱われることが多い。
他人の気持ちや思惑を斟酌する能力に欠けるから、他者とのコミュニケーションに支障をきたす。
「言わずもがな」「暗黙の了解」といったものがまったく通用しないので「空気読めない人」になってしまううえに、他の自閉症と同様に「自分ルール」に固執してしまう習性があるので、周りから見ると「自分勝手」「融通がきかない」「挙動不審」などと取られてしまうのだ。
もちろん、これは本人の責任ではなく障碍なのだが、周囲はそれを知らないので苛立ったり気味悪がったりしてしまうのだ。
脳学者のラマチャンドランは、アスペルガー症候群の患者を「火星の人類学者」と呼んでいる。
地球にやって来た火星人のような疎外感と混乱を抱えつつ、何を考えてるのかまったくわからない地球人たちに溶け込むために、懸命に相手を観察し分析しようと努める……「アスペルガー症候群」とはそんな感じの人々なのだ。
まぁ、アスペルガー症候群の詳しい症状については興味がおありなら調べていただくとして、当事者にとって不幸なのは「誰にも理解してもらえない」ことだ。
■発達障害の著者が抱える孤独と痛み
自分も他人が理解できないが、他人も自分をわかってくれない。ただただ「異質な者」として排除され、拒絶され、時には激しい嫌悪を向けられる。
その孤独は、どんなに壮絶なものであろう。
みんなが温かい家の中で談笑しているのに、自分だけ凍てつく吹雪の中にたったひとりで閉め出されているような、魂も凍える想い。
心良さんはずっとそれを抱えて生きてきたのだ。
小学校では生徒たちだけではなく担任教師からもひどいイジメを受け、殴られたり蹴られたり罵倒されたり嘲笑されたりする毎日。
自分が何故こんな仕打ちを受けるのか理解できないまま、ものすごい悪意に晒され続ける。
家に帰っても理解者はおらず、父親に怒鳴られ母親からは拒絶され、どうやったら愛してもらえるのかわからない。
お願い、私を理解して! 私を愛して! 私を受け容れて!
心良さんは心を血だらけにしながら叫ぶのだが、その声は誰にも届かない。
■「他人事」では片付けられない
読んでいて、身体が切り刻まれるような痛みを覚えた。
「わかる!」と思ったのだ。
私はアスペルガーではないけど、この孤独と痛みはわかる。誰かに理解して欲しい、愛して欲しい、受け容れて欲しいと、どんなに願ったことだろう。
私は世界とも他者とも接続してない、壊れたコンピュータみたいだ。みんなは「何か」を共有してるのに、私にはそれができず、誰にもアクセスできないまま、切り離されて錆びていく。
言葉は溢れているのに誰にも届かず、心は永遠にすれ違い続け、他者が恐ろしいモンスターに見えてくる。
いや、本当は自分がモンスターなのかもしれない。
他者は自分の鏡だもの。
心良さんの痛みと私の痛みはまた違うのだろうが、どこかで重なっている気がした。アスペルガーは、人間誰もが抱える孤独とディスコミュニケーションの痛みを、誰よりも突出させた形で体現している病なのかもしれない。
みぞおちにズシンと拳を食らったような想いで夢中で読んだ。
途中で涙が止まらなくなった。
ここに書かれている彼女の苦しみは、他人事ではない。「障碍者の苦しみ」で片付けられないほど、私たちの心に肉迫してくる。
私たちはこんなにもこんなにも他者を求めてしまうのに、絶対に他者とは繋がれないんだ。
その吹きすさぶ孤独の中を、身を縮めて歩き続け、誰かのドアをノックし続ける。凍えた指で、何度も何度も。
心良さんの傷を辿りながら、私たちはそこにいくつも自分と同じ傷跡を見る。『COCORA』は、そういう自伝エッセイだ。
興味があったら、ぜひお読みください。
(*本記事は、メルマガ『中村うさぎの死ぬまでに伝えたい話』より、中村うさぎさんのご厚意により転載させていただきました)