[本の森 仕事・人生]『砂漠の影絵』石井光太/『白い衝動』呉勝浩

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砂漠の影絵

『砂漠の影絵』

著者
石井, 光太
出版社
光文社
ISBN
9784334911355
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

白い衝動

『白い衝動』

著者
呉, 勝浩, 1981-
出版社
講談社
ISBN
9784062203890
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

『砂漠の影絵』石井光太/『白い衝動』呉勝浩

[レビュアー] 吉田大助(ライター)

 世界各国の貧困や犯罪、不慮の災害の現場に立ち、そこに漂う声を記録し続けてきたノンフィクション作家の石井光太が、小説第二作『砂漠の影絵』(光文社)を発表した。題材は、リアルだ。二〇〇四年にイラクで起きた、日本人人質事件。

 二〇〇四年六月、イラクのファルージャへとビジネスのためにやって来た商社マンの橋本優樹は、ヒッチハイクで拾ったカメラマン・久保海男の愚行のせいで、武装勢力に拘束される。別の場所で拉致された外交官らを含む日本人五名は、「首切りアリ」が率いるイスラーム武装組織の人質に。彼らが日本政府に突きつけた要求は、自衛隊のイラクからの即時撤退だった……。その後の展開は現実通り。政府は要求を拒否し、日本社会ではいわゆる「自己責任論」が隆盛となり人質への激しいバッシングが巻き起こった。だが――もしも自分が被害者の立場だったらどうか? 被害者の家族や親族だったら、どう感じるのか。

 石井の小説的なたくらみは、そこで終わらない。もしも自分が人質を拘束する側の、テロ組織の一員だったらどうか? 現実に日本で暮らしていたら想像すらしない、ありえない感情移入の回路を、この作家は構築することに成功している。その回路を経由しているからこそ、一連の事件に対して、本当の意味で、当事者として向き合うことができるようになる。イラクと日本、テロリストと日本人の心は繋がっているのだ。平和を求めている、という一点で。おそるべき結論だ。その結論を完璧に読者の胸に突き刺すために、石井光太はノンフィクションの筆を一旦置き、小説という新たなジャンルと向き合ったのだ。

 乱歩賞作家・呉勝浩の第四作『白い衝動』(講談社)は、小中高一貫校でスクールカウンセラーとして働く奥貫千早を視点人物に据える。新年度早々、高校一年生の野津秋成がカウンセラー室の扉を叩く。「ぼくは、人を殺してみたい」。その告白は、思春期ゆえの自意識、あるいは精神疾患によるものなのか? 千早は、秋成との対話を重ねていく。そんななか、連続一家監禁事件を起こし一五年の懲役を終えた入壱要が、千早の住む街に暮らしていることが分かる。

 犯罪を犯してしまった人間、犯しつつある人間を、社会はどのように受け入れることができるのか? 彼らの幸福を考えることには、どんな意味があるのか。千早の内部には、理想主義者と現実主義者が、この人にしかありえない仕方で火花を散らしている。その視点にシンクロしながら読み進めていった先で、本格ミステリとしてのギアが一気に上がる。そして、物語の謎がすべて解き明かされた瞬間、大きな問いが胸に飛び込んでくる。人はなぜ、人と共に生きるのか?

 分からない。でも、分かりたいから人は、小説を読むのだ。

新潮社 小説新潮
2017年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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