エロとは“受け入れられること” 「ときめかない日記」「さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ」(「エロい女」その2)
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- ときめかない日記
- 価格:594円(税込)
女の人生をマンガに教えてもらおう! をテーマに文芸誌『yomyom』で連載してきたトミヤマユキコさんの「たすけて! 女子マンガ」。前号(冬号)に掲載された最終回のテーマは「エロい女」です。『ベルサイユのばら』や『風と木の詩』といった名作によって、少女が読んで癒される“塗り薬的エロ”表現が登場した女子マンガの世界。エロで癒されるとはどういうことか、以下、具体例を見てみましょう。
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能町みね子『ときめかない日記』も、塗り薬的作品のひとつ。主人公の「めい子」は、26歳の処女。自分で稼ぎ、生活レベルをちょっとずつ引き上げることに小さな喜びを見出している、実につつましい女だ。ある日、めい子は自宅ポストに実家からの郵便物を見つける。中身は母親からの手紙とお見合い写真だ。自立した生活を送るよりも、適齢期で結婚する方が大事、という母親の価値観にムカつきながらも、見合い写真を見てしまうめい子。「私が選べる男ってあんな程度になるんだな…/現実見た気分」「このままだとあんな人と/初めての…することになるんだ」……めい子の絶望がリアルすぎてつらい。
このまま母親の思惑通りになるのはイヤだ、自力で好きな人を作ろう、と思い立っためい子は、出会い系サイトに登録したり、会社の既婚男性にグラついたりと、迷走を続けるが、最終的に出会い系サイトで知り合った「はぎさん」と初めてのセックスを経験することに。
ここでめでたくハッピーエンドかと思いきや、めい子はベッドインの前に自らのコンプレックスを告白しはじめる。お腹の所に手術の痕があって、それがめい子的には「すごいグロい」というのだ。
自分を好いてくれている男とのセックスという、本来なら夢見心地で構わないはずのシーンで、はぎさんに「昔 太ってたし/いじめられてたしっ/手術の痕ひどいし/一重だしスタイル悪いし」と、泣きながら訴えるめい子。その切実さに、わたしも泣いた。わたしも「痩せててごめん」「胸なくてごめん」と謝り続けてきた過去がある。これが泣かずにおられようか。
自分が気持ち悪い女だと好きな人に申告しなければならないのは、本当に苦しいことだ。気持ち悪い自分を許して欲しいという気持ちと、受け入れられなかったらどうしようという不安……エロいと思われようなんて夢のまた夢で、とにかく「気持ち悪くてごめんなさい」というレベル。ひとりでいれば、コンプレックスを見て見ぬフリすることもできる。でも、目の前には、セックスをしてもいいと思えるパートナーがいるのだから、もう逃げられない。向き合わざるを得ない。でもつらい。無限ループである。
ぐしゃぐしゃに泣いているめい子を描いたこのシーンには、夢も希望もないように見えるけれど、コンプレックスを抱えて生きる女たちにとっては、この上ない癒しだ。ただし、それはちょっとねじれた癒し。というのも、はぎさんがめい子のグロさを優しく受け入れるんじゃなくて、そもそも、なんとも思っちゃいないから。泣いてるめい子に「全然好き全部好き」と言ってるけれど、なんかすげえ適当。「そうか大変だったね」とか言って慰めてくれるのを期待してはいけない。はぎさんは、そういう男じゃない。でも、そういうはぎさんだから、癒されるのだ。
積もりに積もっためい子のコンプレックスを何だと思ってるんだ!と思いつつも、26年分の鬱屈が一瞬にしてどうでもいいことにされてしまう瞬間は、なにか魔法的な美しさがある。めい子のグロい手術痕は治らない。でも、そんなことはどうでもいい。だって、はぎさんは本当に気にしてないんだから。でも、女とヤれれば誰でもいいんじゃなくて、めい子が好きだと言うんだから。
『ときめかない日記』を読むと、他人の無関心や鈍感さがなにかありがたいものに見えてくる。それが、美男美女による感動巨編ではなく、出会い系カップルの地味な恋愛物語として描かれていることも、実に素晴らしい。なぜなら、わたしたちのほとんどが、地味な恋愛の当事者だからだ。
身体的なコンプレックスを抱えた女が他者と繋がろうともがく女子マンガには、永田カビ『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』もある。こちらは作者の実体験を元にした作品。もともとpixivに発表されたものだが、改稿し、書き下ろしを加えて単行本化された。
「誰かと付き合った経験も性的な経験もついでに社会人経験もないまま28歳になった私」は、レズビアン風俗を利用する。親から愛されたい、評価されたいと考えるあまり自分を見失ってしまった彼女は「子供でいた方が両親は可愛がってくれると思ったから/大人になってはいけないと思っていた」自分を解放する手段として、自分の性的欲求に真正面から向き合うことにしたのだった。
だが、ウェブで予約を済ませた彼女が真っ先に考えるのは「軽い自傷とハゲ(抜毛症)もあるこんな人が来たら嫌だろうな」ということ。めい子と同様、身体的なコンプレックスが、エロの前に立ちはだかる。だが、この主人公は「ハゲの事は深く考えるのをやめる」と、自力でコンプレックスを無効化してしまう。そんなにあっさり諦められる!?と思うが、セックスの相手が恋愛対象ではなく、その道のプロであることによって、くよくよする時間が短縮できたのだろう。
わたしは性風俗を利用したことはないが、20代の終わりに「このままでは高齢処女になる、ヤバい」と思って出張ホストのホームページを毎晩見ていた時期がある。あの時、思い切って利用していれば、この主人公のようにコンプレックスを軽くすることができていたのかしら……。わからないが、プロに頼むことでコンプレックスが軽減されるケースがあることだけは確かなようだ。
《「エロい女」その3につづく》
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