書籍情報:openBD
難攻不落の謎に挑む青春ミステリの傑作
[レビュアー] 若林踏(書評家)
アガサ・クリスティ『そして誰もいなくなった』以来、多くのミステリ作家が挑んできた“クローズド・サークル”。長沢樹『夏服パースペクティヴ』は、閉鎖空間での推理劇にちょっと変わった趣向でチャレンジした、青春謎解きミステリの最先端を行く小説だ。
都筑台高校映研部の遊佐渉と樋口真由は、新進気鋭の映像作家・真壁梓が企画した撮影合宿に参加する。真壁の出身大学の付属高校である、葦原女学院の映像文化研究部の活動をドキュメンタリーとして撮るのだという。しかし撮影中、真壁は「キャストを殺す」という虚構の事件を取り入れる。真壁の意図が掴めないまま、遊佐は疑似殺人事件の探偵役を任されてしまう。
謎解きミステリのパロディというべき捻りのきいた展開、突如として登場人物たちが追い込まれる極限状況、そして「パースペクティヴ=展望」というタイトルが暗示する大小様々な仕掛けの数々が暴かれるラストに飲み込まれる。遊佐と樋口、二人が織りなす青春模様も読みどころのひとつだ。特に世界をクールに見つめる樋口の目線は、読者の心を射抜くはず。青春小説としても得難い読後感を残す作品だ。
“クローズド・サークル”ものに挑戦した作品として思い出すのは、やはり新本格ミステリの第一人者、綾辻行人の〈館〉シリーズ。現在九作まで刊行されているシリーズのうち、一番のお薦めなのが『時計館の殺人』だ。鎌倉の外れに立つ時計館を舞台に、魔術的な大トリックと幻想的で美しい文章の魅力が炸裂する。日本推理作家協会賞を受賞した、国内ミステリ史に残る名作である。
最近の海外作品ではノルウェーのアンネ・ホルトによる『ホテル1222』が要注目。オスロ発の列車が大雪の中、事故でストップ。乗客たちが避難したホテルで連続殺人が起こるという、クリスティにオマージュを捧げた“吹雪の山荘”ミステリである。作者のホルトは法務大臣を経験したことがあり、謎解きと同時に人種差別など社会的テーマが盛り込まれているのも特徴だ。