『円山町瀬戸際日誌』
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【聞きたい。】渋谷に「名画座シネマヴェーラ」開いて10年… 内藤篤さんに聞いた「瀬戸際」の日々
[文] 藤井克郎
■一本一本に愛情込めて
シネコン全盛の昨今、個人経営の映画館を、それも世の趨勢(すうせい)から取り残されたような名画座を、東京・渋谷の円山町に開設して10年がたつ。いまだに客の好みがわからないとぼやくが、それでも何だか楽しそうな様子が行間から漂ってくるのは気のせいか。
「つらいといえば客が入らないことに尽きるが、客がつかない企画にしても自分でやりたいと思ってやっていることなので、そんなに激しい打撃はない。とりあえず見たい映画は見たよね、という納得の部分はあります」と淡々と語る。
日誌は、平成18年1月に開館した半年ほど後から始まるが、とにかく上映作品の多様さに驚く。アイドル映画にポルノにコメディー。ヌーベルバーグもあれば、入らないと言いながらミュージカルも定期的に特集する。ときには自らニュープリントを焼いたり字幕をつけたりもしていて、一本一本に愛情を込める。
「ニュープリントは高いし、可能であればやりたくない。でも初期に特集した『次郎長三国志』(マキノ雅弘監督)は、シリーズの半分近くしかプリントがなかった。それに大手各社はDVDの上映を許してくれないので、どうしても見せたければ焼くしかないんです。16ミリフィルムを購入した作品も多く、バカみたいにお金をかけましたね」
本職は弁護士で、主にエンターテインメント関係の法務を担当する。激務の合間を縫って自分の劇場に足を運び、スクリーンに身を委ねる。こんなに作品を見ている映画館主も珍しいのではないかと思うが、「飽きないですね。1回見た映画もすぐに忘れてしまうので、いつも新鮮に楽しめる。自分でも、どうして飽きないんだろうと思わなくもないが、よくわかりません」(笑)。
これからも自然体で名画座の灯を守っていく。(羽鳥書店・2400円+税)
藤井克郎
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【プロフィル】内藤篤
ないとう・あつし 昭和33年、東京生まれ。東大法学部卒業後、大手渉外法律事務所を経て、平成6年に内藤・清水法律事務所開設。18年から名画座「シネマヴェーラ渋谷」館主。