舛添都知事の会見はここが「不適切」だ 梶原しげるさんが解説

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フリーアナウンサーで東京成徳大学客員教授の
梶原しげるさん

 舛添要一都知事への批判が止まらない。その理由は、疑惑そのものに加えて、舛添氏の会見での説明に不快感を覚えた人が多いからではないだろうか。

 舛添氏の会見は、どこが「不適切」なのか。しゃべりのプロで、新著『不適切な日本語』を刊行したばかりの梶原しげるさんに分析してもらった。

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■まるで「タンマ君」?

 舛添要一都知事とは、テレビ番組で何度かご一緒したことがあり、その時の印象は、会うと意外といい方だな、というものでした。番組ではかなり攻撃的な印象を受けるのですが、実際に話すと物腰が柔らかな感じで、その落差を上手に使っていらっしゃるのかもしれない、とも思いましたね。

 今回のお金に関する報道を見ていると、舛添さんの「庶民性」が悪い意味で出ているなあ、という印象を受けました。政治資金の流用はもちろん許されないのですが、その使い道が「回転寿司」とか「大浴場つきのホテル」とかというあたりが、どうもセコい感じがしたのです。

 私的な領収書のあて名をゴマかして使うという手法も、何となく東海林さだおさんのマンガ「タンマ君」に出てくる部長さんみたいですよね。陰でOLたちから「あの部長、またツケ回ししてる。セコいわね」と言われているような感じです。

 会見で都知事のことを「トップリーダー」と表現したことも批判の対象になっていましたが、あれもコンプレックスの裏返しのように見えました。「貧しかった俺がここまで偉くなった」という気持ちから、つい「トップリーダー」などといった言葉を使ってしまったのかもしれません。


■極端な例で反論する話法

 政治資金のことについては、私がどうこう言うことではないのですが、会見で「不適切」だと思ったのは、彼が頻繁に用いる話法です。

 いくつか具体的に見てみましょう。

 たとえば、4月28日の会見では、公用車で湯河原通いをしていることについて、「批判の声が出ている」と問われると、

「セキュリティーを考えたら、電車で(都庁に)来るわけにはいかない」
 と答えています。

 同じ会見では、「有事の際には湯河原よりも都庁にいた方がいいのでは」という点を衝かれると、

「それを徹底すれば、365日24時間、私は都庁内の危機管理室に寝泊まりしないといけない」
 とも答えています。

 お気づきでしょうか。

 どちらも質問者の問いに対して、正反対の極端な例を持ち出したうえで反論をしているのです。

 記者も、国民も、「電車で都庁に通え」「危機管理のためには365日24時間、都庁内にいろ!」などと言ってはいません。「公用車を安易に使うこと」「毎週末、湯河原に行く」ことを問題にしていたのです。

 その「毎週末の湯河原通い」と「365日24時間都庁勤務」との間には、いろいろな段階があるはずです。おそらく、「2カ月に1回、湯河原でリフレッシュ」であれば、この件は問題視されなかったでしょう。

 多くの問題は、「白」と「黒」の間に何重にもレベルが存在していて、どのへんが多くの人が納得できる落ち着きどころかを探るのも、政治家の仕事でしょう。

 ところが、舛添さんは「黒ではまずいのでは?」と聞かれると「完全な白なんて不可能だ!」という調子で言い返す。つまり議論を常に「白か黒か」の極端な方向にすり替えているのです。

 これが舛添さんが会見で多用している話法です。

 3月25日、都有地を韓国政府に貸し出す方針への批判が高まったときには、

「なんでもかんでも保育園のニーズ、ニーズ。都有地を国際親善に使うことが問題なのか」と述べています。

 この件でも、誰も「都有地を国際親善に使うな」と批判してはいませんでした。ただ「6000平方メートルもある土地を全部韓国に貸し出さなくてもいいのでは」という疑問を持った人は多くいるでしょう。「なんでもかんでも保育園」と言っている人は少数だと思うのですが、極端な意見を持ち出してまた反論しているわけです。

■討論番組の手法

 また、正月から家族旅行先で「会議」を行なっていたことに疑問が投げかけられた点について、会見(5月13日)では、「政治的な機微にかかわる」と言って出席者も人数も答えませんでした。これも、「会議の出席者全員とその内容を明らかにせよ」なんて誰も追及はしていないのです。だから、本当に会議を行なったのならば、明らかにできる範囲でオープンにすればいいだけの話なのに、勝手に「全部をオープンになんてできない」という話にすりかえて答えています。

 このように、何か聞かれた時に、極端なことを言って相手を黙らせる、というのはテレビの討論番組では有効な手法です。

「オリンピックってムダじゃないの?」と聞かれた際に、

「じゃあ、あなたは子どもに夢を与えなくてもいいんですか!」

 と答えるのも同じような話法です。

 討論番組の場合、それで相手が虚を衝かれて黙っていると、そのうちにCMに入って、話が別の方向に進むので、言い返した方の「勝ち」になります。

 しかしこれはあくまでも番組内での「勝ち」であって、都知事の場合、そうはいきません。言い返された記者は、その瞬間は黙ってしまうかもしれませんが、納得するわけではありませんし、国民の側も言いくるめられたような印象しか持たないでしょう。

 舛添さんは、テレビ出演を重ねる中で、こうした話法を体得し、すっかり身についてしまったのかもしれません。しかし、討論番組の話法を、公職にある人物が用いることにはリスクがあると知っておく必要があるように思います。

梶原しげる/デイリー新潮編集部

デイリー新潮
2016年5月20日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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