日本語人の脳 角田忠信 著  

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日本語人の脳

『日本語人の脳』

著者
角田忠信 [著]
出版社
言叢社
ジャンル
自然科学/自然科学総記
ISBN
9784862090591
発売日
2016/04/15
価格
2,640円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

日本語人の脳 角田忠信 著  

[レビュアー] 村瀬雅俊(京都大准教授)

◆単純な原理で解き明かす

 「日本人の精神構造母音説」として広く知られながら、その研究方法の意味や本質が専門家からさえ理解されずにきた脳科学者・角田忠信の半生をかけた論集である。被験者が耳からテスト音を聴きながら、指を使って特定のリズムをタッピングする、聴覚・運動フィードバックを用いて、刺激音に対する左脳・右脳の優位性を測定するのがツノダテスト。その本質は、音を聴く被験者が指を動かす試行者でもある二重性にある。この構図は、精神分析でなじみがある。治療効果は、被治療者自らの主体的な関わりなしには望めないため、治療者と被治療者の関係が被治療者にも要求されるからである。

 医療現場でも、視覚・運動フィードバックを駆使して、治療不可能と考えられてきた幻肢痛(げんしつう)を軽減・除去することに成功している。その際、鏡に映した自分の腕を幻肢の代わりに動かすという課題を実践し、それを観察するのは被験者自身であるという二重性はツノダテストと変わることはない。

 脳科学の技術革新が目覚ましく進展する中で、一方向的な課題刺激に対する被験者の応答を記録する従来までの方法論では、問題が単に精密化・細分化された印象が拭えない。複雑な脳を単純に捉える手法が他にあるはずだ。それが二重性を基盤としたツノダテスト。日本語を母国語とする「日本語人」とそうでない「非日本語人」の違いが、刺激音の違いによって機械的に識別可能であるばかりでなく、同一被験者が情動、環境の違いによっても左右脳の優位性に逆転や発振現象を示す。

 一連の研究から、「脳幹スイッチ機構」という独自の概念を提唱するにいたる。その解剖学的実態は不明であるが、複雑な人間の脳の仕組みを、爬虫類(はちゅうるい)脳として知られる脳幹に基づき、進化の視点から捉えようとする研究姿勢に共感を覚える。単純な原理によって、脳と環境の深遠な複雑性が、明確に解き起こされていく新たな時代に、角田氏の研究は先駆けて到達していた。
 (言叢社・2592円)

 <つのだ・ただのぶ> 1926年生まれ。東京医科歯科大名誉教授。著書『脳の発見』。

◆もう1冊 

 角田忠信著『日本人の脳』(大修館書店)。左脳と右脳のメカニズムから、日本人と西洋人の感性や文化の相違を解説した理論書。

中日新聞 東京新聞
2016年5月29日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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