尋常ではなかった! 夏目漱石の「本質を見抜く目」

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夏目漱石、現代を語る 漱石社会評論集

『夏目漱石、現代を語る 漱石社会評論集』

著者
小森 陽一 [編集、著]/夏目 漱石 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784040820781
発売日
2016/05/10
価格
836円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

尋常ではなかった! 夏目漱石の「本質を見抜く目」

[レビュアー] 楠木建(一橋大学教授)

 夏目漱石の小説は読んだことがあっても、社会評論は知らないという人が多い。そういう人にお薦めの一冊が小森陽一・編著『夏目漱石、現代を語る』だ。人間社会と文明を論じた講演が5本収録されている。

 漱石は明晰である。話題に出てくる時事・時局は現在のそれとは相当に異なっている。しかし、時事はあくまでもBGM。それにかぶせて出てくる主張は、タイトルそのままに現代を語っている。人と人世の本質を見抜く目が尋常でない。

 収録されているうちもっとも有名なのは、第一次大戦中の1914年に学習院で行われた講演、「私の個人主義」だろう。自らの人生の紆余曲折の中で「自己本位」という概念を手にするまでの経緯を語り、自分の足でしっかり立ってこその個性であることを淡々と語る。いまの日本の「個性」「多様性」についての議論の薄っぺらさが情けなくなる。

 話が実にうまい。概念的な話をするときでも、ごく卑近な具体例から始める。一見何の関係もなさそうにみえる具体の断片が、知らず知らずのうちに太く大きな全体概念へと構成されていく。抽象と具体の往復運動が漱石の真骨頂だ。主張が分かりやすく、メッセージに迫力がある。

 本書の主張はそのまま『吾輩は猫である』などの小説に込められている。この明治の文豪がいかに世の中と真摯に向き合い、仕事をしていたかを思い知らされる。漱石は文字通りの国民的作家であった。それは今も変わらない。

新潮社 週刊新潮
2016年6月9日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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