日本建築入門 五十嵐太郎 著

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日本建築入門

『日本建築入門』

著者
五十嵐 太郎 [著]
出版社
筑摩書房
ジャンル
工学工業/建築
ISBN
9784480068903
発売日
2016/04/05
価格
968円(税込)

書籍情報:openBD

日本建築入門 五十嵐太郎 著

[レビュアー] 椹木野衣(多摩美大教授)

◆近代、伝統の関係を見直す

 本書は、この国の建築について「日本」や「伝統」を浮上させ概観した一冊である。だが、日本が現在に至る国の体裁を整えたのは明治後のことだ。「建築」という言葉も、その中で姿を現す。他方、私たちがいま伝統という場合、それは大抵はるかに古い時代に由来する。すると、日本における建築の伝統、という問題意識そのものが、実はおかしなものだと気付くはずだ。

 けれども、それはふだんさまざまな要因から覆い隠されている。日本の伝統が怪しいようでは、国の威厳も成り立たなくなってしまうからだ。しかし、それでは私たちはいつまでたっても同じ錯誤のまわりを堂々巡りするしかない。この自閉を解くために「オリンピック」「万博」「皇居・宮殿」「国会議事堂」といった近代の産物から伝統へと遡及(そきゅう)し、日本の建築を見直す機会を与えるのが本書の役割だ。

 その際、著者が本書の底に据えているのは「帝冠様式なるものの台頭とそれへの抵抗」にほかならない。わかりにくければ「屋根をめぐる攻防」と呼び換えてもいい。このことは、第三章がまるまる屋根に費やされていることからもわかる。建築が近代の産物である以上、基本的には同じ原理を下敷きとせざるをえない。としたら、伝統的であるかいなか、日本的であるかいなかは、空間や構造ではなく外見で示すしかない。その時、もっとも大きな対決の場となるのが屋根なのだ。

 帝冠様式は、これを瓦で葺(ふ)いて日本の伝統に与(くみ)し、逆にこれを排し、機能に特化しようとする思想がモダニズムにとっての抵抗の線となる。だが、伝統や国家をめぐる歴史的な問いが屋根に特化されてしまうことじたい、日本における建築の未成熟を露(あら)わにしていなくもない。新国立競技場の顛末(てんまつ)など見る限り、実は今もさして変わっていない。本書が入門という時、それはこうした省察を培うためのものだ。まちがっても「日本建築」入門と受け取ってはいけない。

 (ちくま新書・950円)

<いがらし・たろう> 1967年生まれ。東北大教授。著書『現代日本建築家列伝』。

◆もう1冊 

 田中辰明著『ブルーノ・タウト』(中公新書)。桂離宮などの日本の伝統の美を発掘し、日本建築の紹介に努めた建築家の生涯。

中日新聞 東京新聞
2016年6月5日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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