米軍基地がやってきたこと デイヴィッド・ヴァイン 著(西村金一監修、市中芳江ほか訳)

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

米軍基地がやってきたこと デイヴィッド・ヴァイン 著(西村金一監修、市中芳江ほか訳)

[レビュアー] 生井英考(立教大教授)

◆「帝国の砦」をめぐる人類学

 「世界最強最大の米軍に最も近似した軍隊は?」という有名な問いがある。答えは「ローマ帝国軍」。

 広大な帝国の版図を維持するため、練度の高い大軍勢を擁し、小都市に匹敵する巨大な砦(とりで)を築いて異民族平定の拠点となす。この「砦」を「基地」に置き換えれば、なるほどローマ帝国軍こそ現代の米軍なのだ。本書はこの現代版「帝国の砦」としての米軍基地をめぐる文化人類学者の論考である。

 米軍基地と人類学? と面喰(めんく)らう向きもありそうだが、現代の人類学は異なった価値観や慣習を持つ社会が遭遇すると、どちらにも属さない独自の混交文化の場が生まれやすいことに注目した「ボーダーランド」研究を得意技にしている。世界各地の米軍基地という「要塞(ようさい)都市」の様態を追跡した本書は、まさに「ボーダーランドとしての米軍基地」論なのである。

 だが、著者は学者という立場を「客観中立」の隠れミノにしない。特にベトナム戦争後の反米感情の時代に生まれた著者は、人類学が「帝国主義のお先棒かつぎ」になることに抵抗し、告発的なスタンスで中米、南欧、東南および東アジアの基地状況をたどる。たとえば、米国務省の日本担当部長が沖縄への侮蔑発言で更迭された事件が数年前にあったが、あの発言は著者の大学院ゼミ生たちが沖縄問題の調査旅行の前に高官を訪ねた際のもので、彼らの困惑と怒りが発言告発の発端になったのだった。

 軍を論じながらも、本書は国際政治学などと違って、軍隊という組織とその内外の相互交渉による過誤やゆがみに迫るミクロな視点を貫く。つまり将官ではなく兵卒の世界の民族誌だが、奇妙なことに本訳書は陸自出身の戦略分析家が監修し、批判的な内容への困惑を巻末で披露している。版元の勘違いから生じたのだろうこの種のミスマッチが、沖縄の基地問題をめぐる政府と県、本土と地元のズレた議論の根底にも横たわっていないだろうか。

 (原書房 ・ 3024円) 

 <David Vine> アメリカン・ユニバーシティの人類学准教授。

◆もう1冊 

 林博史著『米軍基地の歴史』(吉川弘文館)。世界各地で米軍基地のネットワークが形成された歴史をたどる。沖縄の基地の問題も。

中日新聞 東京新聞
2016年7月3日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク