『花森さん、しずこさん、そして暮しの手帖編集部』
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花森さん、しずこさん、そして暮しの手帖編集部 小榑雅章 著
[レビュアー] 森彰英(ジャーナリスト)
◆雑誌作りのすごさが迫る
半世紀近く前、ある女性週刊誌の現場で出会った当時雑誌作りの鬼の一人に数えられていた編集長のこんな発言をよく聞いた。「クラテはすごいな。諸君もあれに学べ。しかし真似(まね)しても敵(かな)わんぞ」。呪文めいて聞こえたのは雑誌『暮しの手帖』のことだった。
日本の敗戦直後の昭和二十三年、大橋鎭子(しずこ)(社長)と花森安治(編集長)が二人三脚で創刊し、大橋の「おんなの人をしあわせにしたい」という志と花森の「国なんてあてにならない。結局、自分たちが、自分たちの手で、守るに足る暮しをつくっていかなければならないのだ」という思いを誌面の隅々までに反映させた。広告に依存しない雑誌だったから徹底できた商品テストは、メーカーを震撼(しんかん)させた。
まあそんなふうにこの雑誌を理解しているつもりだったが、本書を読み進むうちにこの雑誌のすごさが身に迫った。これは著者の記憶力、描写力に負うところが大きい。昭和三十五年、入社早々の場面から始まり、創刊当時にフィードバックした後で四章以降はすべて著者の体験が再現される。商品テストの現場、暮しの手帖研究室における日常、記事作成の上で出会った人々などが事細かにいきいきと描かれる。
特に迫真力を持つのは花森が登場する場面である。例えば、入社十年目に退社を申し出た著者への語りかけと写真撮影についての叱責(しっせき)だ。読者もその場に居合わせたような臨場感を味わうとともに、雑誌が持つ使命や編集という仕事について深く考えさせられる。
そして読者の視線を大事にする『暮しの手帖』流だと思うのが本文中の要所に施されている註(ちゅう)だ。時代相を表す言葉から近頃見かけなくなった道具名まで実に的確に解説されている。NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」は今、大橋と花森をモデルにした二人が雑誌作りをめぐってやりとりし佳境を迎えているが、視聴者にリアル感を与えるカギは、この註の部分をいかに画面に反映させるかではないだろうか。
(暮しの手帖社・1998円)
<こぐれ・まさあき> 暮しの手帖社を経て、現在「向社会性研究所」主任研究員。
◆もう1冊
大橋鎭子著『「暮しの手帖」とわたし』(暮しの手帖社)。花森安治との出会いや創刊当時のこと、商品テストの舞台裏などを回想。