『ワンダフル・ワールド = What a Wonderful World』
- 著者
- 村山, 由佳, 1964-
- 出版社
- 新潮社
- ISBN
- 9784103399513
- 価格
- 1,540円(税込)
書籍情報:openBD
【聞きたい。】村山由佳さん『ワンダフル・ワールド』 ああ男と女…悲恋の中にある刹那の輝き
[文] 海老沢類(産経新聞社)
「『香り』って記憶と直結してるんですよね。忘れたと思っていた物事が、ある香りを嗅いだとき、ふーっと蘇(よみがえ)ることがある」
夏の寝苦しさを和らげてくれた祖母の白檀(びゃくだん)の扇子。自分の汚い部分まで洗い流してくれるように感じるプールの塩素の刺激臭。遠い記憶を呼びさまし、ときに感情を激しく揺さぶってくるそんな「香り」を通奏低音に、大人の男女の出会いや別れをつづった5つの短編を収める。
妻子持ちの恋人と、売れっ子調香師との間で揺れ動く女性カメラマンの心を描く「アンビバレンス」、やり手の女性経営者が、夫とは別の年下男に人生最後のつもりで愛を注ぐ「バタフライ」、死のふちにいる愛猫が自分を捨てた男との再会を引き寄せる「TSUNAMI」…。終わりが見えるような、つかの間の情愛に身を浸す男と女には、苦みと悲しみが付きまとう。
「どんなに愛しい相手も永遠にそばにいてくれるわけじゃない。恋愛は移ろいやすいものだけれど、確かにあった一瞬を疑うことはできない。『今、死んでもいい』と思えるくらいの一瞬がもし持てたとしたら、それだけでめっけもん、って私は思うんです」
デビューから20年余り。さまざまな恋愛の形を紡ぎながら、「人が救われるのは希望や癒やしの物語だけではない」と感じている。タイトルはルイ・アームストロングの「この素晴らしき世界」からとった。ベトナム戦争の最中に平和への願いを歌い上げた名曲だ。
「ものすごく悲しい思いをした後に、見慣れた花々が泣けてくるほどきれいに見えることがある。神経がむき出しになった感じで、世界がすごく美しく見えるんですよね。そういう経験に支えられて、自分の人生はある」。苦い悲恋の物語は、刹那の輝きを刻みつけた人生賛歌でもある。(新潮社・1400円+税)
海老沢類
【プロフィル】村山由佳(むらやま・ゆか) 昭和39年、東京生まれ。平成15年に『星々の舟』で直木賞、21年に『ダブル・ファンタジー』で柴田錬三郎賞、中央公論文芸賞などを受賞。近刊に『La Vie en Rose ラヴィアンローズ』。