『妻籠め』
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妻籠(つまごめ) 佐藤洋二郎 著
[レビュアー] 伊藤氏貴(明治大学文学部准教授、文芸評論家)
◆守るべき人と出会う
「妻籠め(妻籠み)」とは、素戔嗚尊(すさのおのみこと)が、櫛名田比売(くしなだひめ)を八岐大蛇(やまたのおろち)から救い妻としたときに、この妻を守り抜く宣言として詠んだ日本最古の短歌にある言葉だ。この歌意が本書とどう関わるのかは結末近くまで明かされない。主人公の中年男には守るべき相手がない。大切な人たちは、いつも自分をすり抜けるようにして、どこかへいってしまっていた。
女手一つで育てられた主人公は使いの途中の事故で足に後遺症を持って以来、母との間で距離を測りかねていた。そして、親友の自死や尊敬していた神父の駆け落ちともいえる失踪といういくつもの喪失を抱えながら、宗教学者として大学に職を得、強い信仰を持つわけではないが、宗教を通して、生きるということの意味について考える日々を送っていた。
しかしある日、その平穏を破る女子学生が現れる。これまで続けていた神社巡りの旅に自分も連れて行けと迫る。彼女も父を知らず、自分の存在に悩みを抱えていた。二人の喪失が出会うときに、主人公は人を守るということの意味に気づかされる。「つま」とは本来、男女を問わず守るべき相手を指す。しかしそういう存在が自然に生まれるわけではない。「たった一人の友も、たった一人の女性も、懸命に生きなければ手に入れられないはずだ」という主人公が自らの胸に刻んだ言葉は、われわれの胸をも刺す。
(小学館・1728円)
<さとう・ようじろう> 1949年生まれ。作家。著書『夏至祭』『坂物語』など。
◆もう1冊
佐藤洋二郎著『神名火(かんなび)』(小学館文庫)。日本海の岩窟で男を待つ女など、官能的な情念を神話的に描いた作品集。