宇宙に夢見る全ての人へ! 人間の絆を軸にしたSF短編集『水惑星年代記』大石まさる|中野晴行の「まんがのソムリエ」第4回

中野晴行の「まんがのソムリエ」

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宇宙を夢見るオムニバス短編集
『水惑星年代記』大石まさる

 高校1年生の夏休み、地学の宿題で星座表をつくったことがある。2cm角で長さが50cmくらいの木の棒2本でコンパス状のものをつくり、先端に小さなくぎを打つ。この釘が星をとらえる目印。
 夜、星空を見上げて北極星を起点にしながら、この星座コンパスを使って星の位置を大きめの画用紙に写し取っていく、というものだった。
 住んでいた町は臨海部に大きな工業地帯があって、満天の星空には程遠いが、おおくま座、こぐま座や白鳥座などはなんとか観測することができた。雨や曇りの日をのぞき3日おきくらいで同じ時間に記録していくと、星が動いていくようすがよくわかる。もちろん、そんなことは授業やプラネタリウムの解説で知ってはいたが、自分でこういう記録をつけると身につくというか、頭に入る。
 しばらくはいっぱしの天文少年気取りで、中古の反射望遠鏡を手に入れて、月のクレーターや土星の輪を観測して楽しんでいた。
 そんな天文少年の日を思い出させてくれるマンガが、大石まさるの『水惑星年代記』シリーズである。

 舞台になるのは文明崩壊から1000年後のパラレルワールドの地球。人類は絶滅の危機を乗り越え新たな文明を築き上げている。人類の新たな目標は宇宙。そのため赤道上空4万kmには軌道エレベータ「スカイラーク」が設置されて、わずか4時間で宇宙に行くことが可能になった。月面には都市が築かれ、太陽系外惑星の探査も始まっている。
 一方で、地球上の町には路面電車がゆったりと走り、郊外には田んぼや雑木林が広がっている。ただ、地上にはある閉塞感があり、人類は地上ではなく、宇宙の開発によって自分たちの未来を切り拓こうとしているのだ。

 シリーズはこの「もうひとつの地球」を舞台にしたハートウォーミングなオムニバス短編集として構成されている。ひとつひとつのお話は独立しているが、登場人物や事件がどこかでつながっていることもある。表現スタイルにもいろいろな工夫がなされていて、前後編にわたる中編もあれば、1話4ページのショートショートもある。絵本的な表現をするものも、絵物語風もある。作者の引き出しの多さにはびっくりさせられる。
 このスタイルはおそらく、SFの巨匠レイ・ブラッドベリの『火星年代記』を意識しているのだろう。『火星年代記』は火星を舞台にした26編の独立した短編を積み重ねることで、人類が火星に第一歩を記した日からおよそ27年間の歴史がつづられている。『水惑星年代記』は歴史よりも、宇宙に夢をいだき、宇宙に飛び出していく、私たちの子孫の姿に重きを置いているのが特徴だ。

 どの作品も甲乙つけがたい好短編ばかりだが、個人的に好きなのは、天文観測が大好きなニュージーランドからの転校生・八分儀(はちぶんぎ)くんと、ガリ勉で成績抜群の女子高生・子獅子(こじし)さんの淡い恋を描いた「宇宙を向いて歩こう」という一連の作品。勉強なんて本に書いていることを覚えればいい、と考えていた子獅子さんは、八分儀くんの天文観測に付き合ううちに、本には載っていない素晴らしい世界があることに気づく、というお話。冬、春、夏、次の冬という4編で構成されて、ふたりの成長により添えるのがうれしい。

 もうひとつのお気に入りは、軌道エレベータ以前のロケット時代が舞台の「どってん」。両親と同じロケット技師を目指していた洋(ヨウ)は、父の再婚で、義理の姉妹、澪とナツキと暮らすことに。年上の澪への思いを断ち切るために留学してみたものの、想いは変わらぬまま帰国。ロケット技師になる夢もままならず、自動車修理工場で働いている。年上の澪への憧憬と、妹・ナツキへの思いに揺れる洋。
 重力をサーフィンするように操る「飛び石」効果を発見した洋が、再び宇宙への夢を取り戻し、商店街をスポンサーにして土星ロケット「土天1号」を完成させるラストがいい。恋の行方は読んでのお楽しみ。
 実は「どってん」は2部構成の短編「平賀少年少女探偵係。」の後日談で、こちらも面白い。平賀は「ベイカー」と読む。つまり、シャーロック・ホームズもので活躍するベイカー街遊撃隊のもじり。転校した学校でクラスに馴染めないでいた小学校6年生の洋が主人公だ。昔懐かしい少年探偵ものかな、と思わせておいて、ちゃんとシリーズの世界観の中にあることがわかって、感心した。

 このほかに『水惑星年代記 月娘<ルーニャン>』は、人類初の月面で生まれた子ども・フィオナ(「ムーン・シード」に登場)の娘・ヨミコを主人公にした短編集。『水惑星年代記 月刊サチサチ』は本編のおまけとして連載されていたショートショートをまとめたもの。
 なお、このシリーズの原型ともいえる短編集『空からこぼれた物語』の併読もお勧めしたい。

中野晴行(なかの・はるゆき)

1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。

eBook Japan
2016年8月24日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

イーブックイニシアティブジャパン

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