『季節の民俗誌』
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季節の民俗誌 野本寛一 著
[レビュアー] 金田久璋(民俗学者)
◆健やか、生々しい口承
時折、民俗学者野本寛一の論考や著作に耳慣れない語彙(ごい)が出てくることがある。たとえば本書III「籠(こも)る季節の民俗」の「熊の穴籠り」のなかに「出熊と催瀉(さいしゃ)植物」という言葉が突然あらわれる。「出熊」は採話による民俗語彙としても「催瀉植物」という用語は既成の辞書にはまずない。いわば氏の造語である。緊迫した聞き書きの最前線における話者の言葉を、的確に表現するための独創的な言語行為にほかならない。冬眠前にたらふく食べたナラやブナの実、栗などを脱糞(だっぷん)することを猟師の言葉で「身干し」とか「寝干し」と言うが、適当な論述の語彙がない時にやむを得ず造語に及ぶ。
ことほど左様に、本書には漁村や山深いフィールドで、土地の主のような古老から採話した健やかで生彩を放つ生々しい口承が、無尽蔵と言っていいほど紹介されている。
「鳥の鳴き声が微妙に伸びてくると雪渡りの季節になる」などの野趣に富んだ野生の季節感は文人には無縁である。南北に長い日本列島のバラエティーに富んだ四季の民俗を、自然暦や来訪神、儀礼食などの聞き書きを通して百科全書的なきめの細かさでまとめている。とりわけ巻頭の、東北や北陸を舞台にした臨場感の溢(あふ)れる「雪国の春」は、柳田國男民俗学の超克と学恩への返礼ともなっていることに注目したい。
(玉川大学出版部・5184円)
<のもと・かんいち> 1937年生まれ。民俗学者。著書『栃と餅』『地霊の復権』。
◆もう1冊
鈴木牧之・山東京山著『山東京山』(岩波文庫)。雪国越後の風土や民俗や方言を記述した江戸時代の随筆集。