【手帖】読書とは、毒を喰らうこと

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 今年の本屋大賞で「超発掘本」に選ばれた二階堂奥歯著『八本脚の蝶』(ポプラ社・1800円+税)について再び触れたい。

 本書は早大哲学科を出て編集者として働いていた女性の2001年6月13日から2003年4月26日までのウェブ日記である。尖鋭(せんえい)かつ繊細な美意識に貫かれた女性らしい日常も記されているが、これはもはや特異な読書日記といったほうがいいだろう。目まいのしそうな「難解」な本が次から次へと紹介される。

 奥歯は《好きな本を3冊選べと言われたら》と前置きして、ヴィトゲンシュタイン『論理哲学論考』、ボルヘス『伝奇集』、レアージュ『O嬢の物語』を挙げる。そしてその中から1篇の言葉だけを選ぶとしたら、それはボルヘスの「バベルの図書館」にある次の言葉だという。

 《宇宙は、真ん中に大きな換気孔があり、きわめて低い手すりで囲まれた、不定数の、おそらく無限数の六角形の回廊で成り立っている》

 哲学と幻想文学に耽溺(たんでき)する奥歯は、「バベルの図書館」という迷宮に移り住もうとするかのように、2003年4月26日未明に飛び降り自殺をする。25歳だった。日記の最後に奥歯はこう記している。《二階堂奥歯は、2003年4月26日、まだ朝が来る前に、自分の意志に基づき飛び降り自殺しました》

 本来の読書とは、毒を喰(く)らうことでもあると、改めて思い知らされる。そう考える者にとって、本書は危険だが、きわめて魅力的な読書案内だと思う。「読書とは栄養を摂(と)るためのもの」と考える者は近づかないほうが無難だ。

 本書の帯に《私が書店員である限り、置き続けることをここに宣言します》との惹句(じゃっく)を寄せた實山美穂さん(文信堂書店長岡店)は、その思いをこう語る。

 「著者が本の中で繰り返している表現があります。《自分のような人に、読むべき人のところへ届くように》―。物語を愛した著者からの思いをつなげるため、書店員としてできることは、こんな本があります、と紹介することだけです。そのために、この本を置き続けることは使命だと思い、この惹句を書きました」

産経新聞
2016年9月18日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

産経新聞社

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