息子の友達が殺害された――望みは我が子の無実か無事か

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望み

『望み』

著者
雫井, 脩介, 1968-
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041039885
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

望みは我が子の無実か無事か 濃密な家族のサスペンス

[レビュアー] 中江有里(女優・作家)

 少年犯罪が起きると、テレビや新聞は被害者側の報道ばかりになる。少年法によって加害者の身元が伏せられ、報じられることは限られるからだ。しかし近年はネット上で加害者の身元が暴かれることが多く、その情報の真偽は確かめようがない。こうした現実を彷彿とさせる心理サスペンス小説。

 本書に登場する建築デザイナーの父・一登、校正者の母・貴代美と二人の子どもたちは、埼玉のベッドタウンに住むごく普通の家族。夏休み明けの九月の週末、高校一年生の息子・規士(ただし)が二日たっても帰ってこない。それまでも数度にわたって無断外泊していたが、今回は連絡がつかなくなってしまった。

 一方テレビでは、規士の友達が殺害されたと報じていた。逃走中の犯人は二人。行方不明の少年が三人……規士が犯人なのか、それとも別の理由で消えたのか。思い悩む家族の元に、警察がやってくる。

 父母である夫婦の対立には胸が引き裂かれる思いがした。父は息子の無実を望み、母は息子の無事を望んで対立する。無実と無事、たった一文字の違いだが、家族の置かれる立場は全く違う。父が息子を無実の被害者だと望むことは、息子の死を望むのと同意になる。そうした夫の残酷さを憎む妻は、規士の無実を訴える友だちの声にも耳を貸さない。どちらが真実であっても、家族にとって辛すぎる現実が待ち受けているのは変わらないのに。

 そして冒頭にあるようなネットの噂が一人歩きするにつれ、規士は加害者同様の扱いをされていた。

 一登らはすでに加害者家族として周囲から見られ、仕事にも徐々に影響が広がっていく。特に規士の妹・中学三年の雅(みやび)は志望校への受験だけでなく、未来への影響を想像せずにいられなかった。

 何の手がかりもないまま、行方をくらます直前の規士の言動を思い返し、家族は自らの望みに沿った答えを見いだそうとする。こうあってほしいと望むことは、相手を信じるという土台があって成立する。その信頼が揺らいでいると、望む思いは自らの疑念を浮かび上がらせてしまう。父の望みに深く頷き、母の覚悟に心動かされながら、自分ならどうするのかを考えずにはいられなかった。

 本書の読みどころは、事件の真実がわかった後の、家族の思いにあるように思う。究極の状況に置かれて初めて知る家族の心情、息子の決意に触れ、悲しみとともに名付けようのない感情が押し寄せてきた。

新潮社 週刊新潮
2016年10月13日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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