豚の睾丸を食う!女子高生『桐谷さん ちょっそれ食うんすか!?』ぽんとごたんだ|中野晴行の「まんがのソムリエ」第10回

中野晴行の「まんがのソムリエ」

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食への好奇心が満たされるゲテモノグルメマンガ
『桐谷さん ちょっそれ食うんすか!?』ぽんとごたんだ

 先日、友人たちと居酒屋で飲んでいたとき。つき出しのナマコの酢の物をつつきながら、ひとりがこんなことを言い出した。
「ナマコを初めて食べた人は偉大やなあ。海で実物を見たことがあるけど、あんなグロテスクなものを食べようとは普通は思わんのと違うか?」
 なるほど、海の底にいるナマコは、すんぐりとした筒状で、触ればプニョプニョとしていて、ちょっと排泄物に似ていなくもない。調理して器に盛られて、紅葉おろしやすだちを添えて出されるから美味しくいただけるのであって、現物を見てこいつを食べようとはなかなか考えないだろう。それを食べちゃったのだから、人間の食への好奇心はおそろしいのである。
 今回紹介するマンガは、食への好奇心いっぱいの女子高生が主人公のグルメマンガ。ぽんとごたんだの『桐谷さん ちょっそれ食うんすか!?』だ。

 ***

 主人公の桐谷翔子はぱっと見は美人の女子高生。男女問わず人気があって、先生たちの評判もいい。ところが、彼女には大きな秘密があった。それは子どもの頃から雑食派で、食べ物への興味が見境なかったのである。どんな生き物でも、彼女の目には食材として映ってしまうのだ。
 学校内でそれを知っているのは、家が近所で、幼い時から彼女の雑食性を見てきた生物教師の榊伸一だけ。彼は教師として、なんとか桐谷の情熱を応援してやろうとするのだが……。
 グルメマンガと言えば、食材を選び最高の調理法を駆使して食通をうならせるという正統派がまず頭に浮かぶ。雁屋哲(原作)と花咲アキラ(作画)の『美味しんぼ』が代表格だろう。もっと身近な家庭料理をテーマにしたものもある。うえやまとちの『クッキングパパ』などがそうだ。一方、島袋光年の『トリコ』や九井諒子の『ダンジョン飯』のように架空の食材を使ったグルメマンガもある。
 本作の場合はその中間、といえばいいのか。隙間といえばいいのか。
 実在する食材で食えないわけではないが、あまり食べようとは考えないものをおいしく調理してしまう、というゲテモノグルメマンガなのだ。

 第1話の食材はカエル。これはまあ中華料理などでは普通の食材。鶏肉に似た味と言われていて、食材として飼育されている食用ガエル(ウシガエル)などもいる。ただまあ、女子高生が調理したいとは思わない食材なのは間違いない。
 これは小手調べとして、蛇(マムシ)、野鯉、サソリ、芋茎(ずいき)、深海魚、豚の睾丸と続いていく。
「なんだ食えるじゃん」と思った人も多いはずだ(いるよね……)。
 マムシはマムシ酒になるし、ヘビは高級食材だという地方もある。鯉は関西では洗いや鯉こく(マンガの中でもつくっている)で食べているし、芋茎は戦国時代の携帯食。豚に関しては睾丸はもちろん、韓国料理ではすべてを食材にするのが当たり前。捨てるところがない生き物だ。セキフェという料理の食材は、胎児が入ったメスの子宮。スタミナ料理として人気が高い。
 サソリも猛毒を持つ一部を除けば食材になる。中国や東南アジアの国々では珍味として人気で、中国の山東省や遼寧省では養殖している地方もある。

 実を言えば、ここに出てきた食材を私はすべて食べている。ほかに、カンガルーやワニはもちろん、子牛の脳みそのカツレツも好きだった(狂牛病騒動で見かけなくなった)。
 だから、そんなにゲテモノという気はしない。むしろ、このマンガの面白さは食材の珍奇さよりも、桐谷さんと榊先生のやりとりにあるのではないか。見ようによっては小悪魔的なところもある桐谷さんに翻弄される、真面目で教師としての使命感に燃える榊先生のリアクションがいいのである。
 鯉のお話からは「鯉男爵」こと校長先生が加わり、さらに、豚の睾丸のお話には、妙に自意識過剰で桐谷さんに想いを寄せている学級委員長の小清水くんも登場。桐谷さんの奔放な発言にすっかり振り回されていく。このへんの学園コメディーの基本はきっちり守られていて好ましい。
 あとがきマンガによれば、作者のブレーンになっているのは島根県在住の実父。やはりすべて実際に食べているそうだ。その父のおすすめはムカデだそうだが、これはまだ食べたことがない。どんなレシピが登場するのかがちょっと楽しみ。
 昔、ベランダで見つけて食べたらイマイチだった鳩の卵なども、いい調理法を紹介してもらえるとありがたい。
 こうしてみると、食に対する人間の好奇心というのは侮りがたいものだ。

中野晴行(なかの・はるゆき)

1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。

eBook Japan
2016年10月5日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

イーブックイニシアティブジャパン

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