誰の人生にもどんな命にも、光り輝く瞬間がある『透明なゆりかご』沖田×華|中野晴行の「まんがのソムリエ」第11回
中野晴行の「まんがのソムリエ」
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- 透明なゆりかご(1)
- 価格:471円(税込)
見習い看護師が産院で出会った生と死のドラマ
『透明なゆりかご 産婦人科医院看護師見習い日記』沖田×華
同世代の友人が入院した。検査で病気が見つかり手術を受けたのだ。数年前に奥さんを亡くしたあたりから変調が出ていたらしい。大酒飲みでタバコが好きで、タフだけが自慢だったから、おいそれとは病院に行けなかったのかもしれないが、「じつはずっと自覚症状があった」という話を聞くと悔しい。息子さんによれば手術は成功したが予断を許さないらしい。でも、本人はあまり気にしていないらしく、見舞いに行くと「あれもやりたい。これもやりたい」と話してくれる。痩せて頭の毛がなくなっていなければ、バリバリやっていた頃とそれほど変わらないようにも思えてくる。
同世代であるからには、自分だっていつ大きな病気をしてもおかしくない。「死」はとっくに身近な問題になっている。そんな中で読んで、とても心を動かされたマンガを紹介しよう。沖田×華(おきたばっか)の『透明なゆりかご』である。
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舞台はある地方都市。主人公の「私(沖田)」は准看護学科で学ぶ高校3年。夏休みを利用し、「私」は見習い看護師として産婦人科のクリニックでアルバイトをはじめる。資格のない「私」の仕事は、雑用と介助。通常の出産に立ち会うこともある。そして、もうひとつの大切な仕事が、妊娠中絶や流産の胎児のかけらを集めてびんに詰めること。びんは業者によって回収され、火葬される。
仕事を通じ「私」は同じ分娩室で、生まれてくる命と、生まれることのできなかった命があることに気づく。産院は消える命と生まれる命がたえず交錯する場所。「私」は考える。
「ここにいれば『いろんな命のあり方』を見られる―― それは私にとってとても大事なことのような気がした――」
ベースになっているのは、1997年に高校生だった作者自身が地元の産婦人科クリニックで働いた経験だという。しかし、コミックエッセイなのか、と問われれば違うような気がする。過去の経験が下敷きになっているのは間違いないのだろうが、物語としてしっかりした構成を加え、おそらくは取材もきちんとしているはずだ。それだけ読み応えのあるマンガなのだ。
でも正直言って、第1巻は私には重たかった。不倫カップルの間に生まれた新生児糖尿病の赤ん坊。クリニックの裏玄関に捨てられていた赤ん坊。経済的な理由で中絶したことが心の傷になった母親。母親の再婚相手による性的虐待の被害にあった小学生。出産直前に原因不明の死産で息子を失ってしまったカップル……。読んでいて胸を締め付けられるようなエピソードばかりで、何度も読むのをやめようと思った。
それを読み続ける気にさせたのは、第4話「胎児の光」のエンディングモノローグだ。
「胎児はエタノールに入ると鮮やかな朱色になって光り輝く もう死んでいるのに キレイだ……」
このマンガの中でも一番美しい場面だ。WEBの情報によれば、作者は若いながらも壮絶な人生を送ってきたようだ。世の中の辛さを知り、きたない面をいくつも知っているからこそ、こんなに美しいシーンが描けるのではないか?
がんばって読み進めていくと、自然に先へ先へと読み進んでいる自分に気づくようになった。マンガ表現としてうまいのである。
好きなエピソードは、第2巻の第10話「ドゥーラさん」だ。
ドゥーラというのは、出産前後の付き添い人のこと。旦那さんの海外出張中にクリニックで出産をすることになった青木さんのドゥーラとして、ケリーさんというカナダ人女性がやってくる。同じ頃、「私」のいとこのハルちゃんが稽留流産(21週と6日までに妊娠が継続できなくなること)の手術のために入院してくる。退院後、ふさぎ込んでしまったハルちゃんのことをケリーさんに相談すると彼女は、自分も流産を経験して落ち込んだが「流産」という漢字に出会って救われたと語りはじめる。「流産」という漢字には「ベビーがお腹の中で死んだら その時に一緒にママの悪いことも全て抱えて流してくれる」という意味が込められている、と。心を閉ざしていたハルちゃんに「私」がこの言葉を伝えると、ハルちゃんは元気を取り戻す。
10人の母親がいれば10通りの、100人の母親がいれば100通りの生と死のドラマがある。生まれるのが偉いわけでも、生まれてこないのが悪いわけでもない。生まれてこなかった胎児だって、ちゃんと光り輝く瞬間がある……。「私」は命の輝きに胸打たれて、もっとケリーさんに近づけたらと思うようになる。
生まれた後もたぶん同じだ。どの生き方が優れていて、どれがダメなんてことはない……。今度見舞いに行く時に、このマンガを持っていったら、彼はどう感じるだろうか?
中野晴行(なかの・はるゆき)
1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。
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