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不屈の刑事も還暦に!コナリーお勧め3作
[レビュアー] 若林踏(書評家)
思えば遠くへ来たもんだ、ボッシュさん。マイクル・コナリー『転落の街』(古沢嘉通訳)の冒頭を読んで、そんな言葉を主人公にかけたくなった。
本書はロサンゼルスを舞台に不屈の刑事、ハリー・ボッシュが活躍するシリーズ第十五作である。第一作『ナイトホークス』が本国で刊行されたのは一九九二年のこと。二〇一一年に書かれた本書でボッシュは六十歳となり、「定年延長選択制度」を利用してロス市警に留まろうとするのだ。不屈の刑事もとうとう還暦か、とシリーズが積み重ねた歴史をしみじみと感じる。
そんな老境の域に入ったボッシュが取り組むのは、二十二年前に起きた女性の絞殺事件である。最新のDNA鑑定により血痕から容疑者と思わしき人物を特定できたのだが、その人物は事件当時八歳の少年だった。奇妙な未解決事件の捜査を始めた矢先、今度は上層部から市内のホテルで起きた要人転落事件を捜査せよ、との命令が下る。死んだ要人の父親がボッシュに捜査を、と指名したのだが、その父親はボッシュと因縁深い人物であった。
シリーズ中期にあった緊密な構成で読ませる捜査小説に回帰しつつ、初期から登場していた重要キャラクターを意外な形でボッシュと対峙させるという、ファン泣かせの展開で盛り上げる。周囲の人々の変化、そして自らの老いと向き合い始めたボッシュを描く筆致には、これまでにない滋味深さも加わった。シリーズはまた新たな門出を迎えたのだ。
コナリー作品に興味を持ったけれど、第一作からシリーズを読むのはきつい、という方には独立したお話として楽しめる『わが心臓の痛み』(扶桑社ミステリー文庫)をお勧めする。心臓移植を受けた元FBI捜査官が強盗殺人を捜査する物語で、巧妙な伏線に驚嘆すること間違いなしの、本格謎解き小説の傑作だ。
また、ボッシュ以外のシリーズでは『リンカーン弁護士』(講談社文庫)もお勧め。リンカーンの車内が事務所代わりという、はみ出し弁護士ハラーの人物造型が魅力的で、もちろん謎解きの完成度も高い。