読み継がれる小説である所以
[レビュアー] 図書新聞
文学史上における名作と呼ばれる作品や過去のベストセラー小説であっても、現在になって読み返してみるとあまりピンとこないものが時折ある。では、本書はどうだろうか。がらくた物が入った茶箪笥の中から見つけ出した、幼年期の記憶を思い起こさせる「銀の匙」がそのまま一冊の小説のタイトルとなっている。自伝的作品で、明治期の風俗や文化などはとうの昔になくなっている。おまけに作者の文体も独特だ。にもかかわらず本書が現在でも読むに耐え、古びた様相を見せないのは、作者・中勘助の持つ、身の回りの出来事や風景を丁寧に伝える細やかで素朴な描写力にある。よい思い出も悪い思い出もすべて一緒くたになって語られることで、物語背景に関係なくどんどん、それでいてゆっくりと場面が流れていくのである。(10・1刊、二四〇頁・本体四三〇円・新潮文庫)