もしもRPGの勇者がゲスばかりだったら『ダンジョンのほとりの宿屋の親父』|中野晴行の「まんがのソムリエ」第19回

中野晴行の「まんがのソムリエ」

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最高峰のダンジョンと最低な勇者たち
『ダンジョンのほとりの宿屋の親父』東谷文仁

 映画やお芝居の形式のひとつに「グランドホテル形式(方式)」と呼ばれるものがある。ホテルやターミナル駅、空港、大きな食堂や居酒屋など、多くの人びとが行き交う場所を舞台にして、登場人物たちの人間模様を描くというもの。この名前のもとになったアメリカ映画『グランドホテル』では、落ち目のバレリーナ、キザなコソ泥、わが子の誕生を待ちわびるフロント係、病気の労働者、彼の雇い主とその秘書など、まったく異なった人生を生きている人びとのドラマが重なり、やがてひとつのドラマになっていく。
 グランドホテル形式では、狂言回し役として宿屋や下宿の主人が活躍することが多い。大きなホテルの場合は、フロント係ということになるだろう。こういう職業の人は、おおむね人生経験豊富で人間を見る目がある。だから、お客の本当の姿を見抜くことができる。それがドラマの鍵になるわけだ。
 今回紹介する東谷文仁のマンガ『ダンジョンのほとりの宿屋の親父』も、一種の「グランドホテル形式」と呼べるかも知れない。

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 掲載は小学館のWEBマガジン『やわらかスピリッツ』。今年6月20日から隔週水曜日に配信されている。
 内容は、お馴染みRPG(ロールプレイングゲーム)のパロディギャグである。100年前に封印された魔王が復活した世界。かつて魔王を倒した英雄の血を受け継ぐエルフィンは仲間たちと旅を続け、世界最高峰といわれるダンジョンに挑戦するためにドーラの街へやってくる。というのは当たり前のRPGの話。このマンガの主役は英雄や勇者ではなく、ドーラの街の宿屋の親父。禿げた普通のおっさんだが、人を見る目はクール。彼にとっては勇者なんてただの鬼畜のゲス野郎。先祖の七光りで威張っていたり、こつこつまじめに働くのが嫌で魔王退治に出かけたやつらばかり。
 エルフィンだって、一緒に旅する巨乳のシルファ姫と宿屋でエッチなことをしたいという妄想で頭がいっぱいのエロガキだ。しかも、自意識過剰で仲間を平気で見捨てる。
 勇者「重装備のゴレン」は鎧を脱ぐだけでもひと苦労。ようやくシャワーを浴びているところに、モンスター出現の報。親父に手伝わせてなんとか鎧を着て出かけたが、すでにモンスターは逃げたあと。頭にきた彼は鎧を捨て、パンツ一丁の「軽装備のゴレン」となって街にとどまる。

 どうしようもなくダメダメな勇者たちとナイスな宿屋の親父の、どこかドリフターズの「もしもコント」を思わせるベタだがシュールなやりとりがいい。個人的にこういうアホなマンガは大好きだ。
 ファンタジー系RPGは、勇者、騎士、魔道士、商人など役割の決められたキャラがいて、使える武器や技にもそれぞれ特徴がある。それらをうまく利用しているのもこのマンガの味になっている。『ドラゴンクエスト』の登場から30年を経て、RPGの約束事が読者にとっての一般常識になっているから描けた、とも言えそうだが……。
 RPGのお約束通り、街には武器屋もあって、ここの主人もド変態。冒険者の女の子が着ていたローブを下取りして、こっそり着て楽しんでいるような男。武器や防具を買うときにも女の子は油断禁物だ。

 ある日、宿屋の親父のもとに、結婚して別の街でくらしていた娘のクマが愛娘のコマを連れて帰ってくる。彼女の夫が突然「家族と世界を救うために魔王を倒しに行く」と言って家を出てしまい、彼女はそんな夫のファンタジー脳にあきれ、離婚して出戻ったのだ。とは言え、ドーラへの道中はモンスターがはびこる危険な場所。そこで、マッチョな男たちがモンスターを倒しつつお客を運ぶ「ムキムキマッチョ便」を使ったという。些細な部分で世界観を守るこういう努力がすばらしい。
 クマは宿屋の横に酒場「街のクマさん」をオープンさせて自活の道を目指すが、お客は下ネタを連発するようなおかしな勇者ばかり。「ドラゴンクエスト」にも「ルイーダの酒場」という、登場人物たちが出会い別れていく酒場が出てくるが、ずいぶんイメージが違う。

 1話完結式ながら、それぞれのエピソードはつながっていて、冒頭に登場する勇者エルフィンが自分をボコボコにした宿屋の親父に仕返しするために、父親をともなって街に戻ってきたり、離婚されたクマの元夫・マルコがモンスターに捕まったコマを救うなんてエピソードもある。
 このあたりが「グランドホテル形式」だなあ、と思わせるのだ。もしかすると、アホなギャグをやりながら、実はダンジョンのほとりの壮大なドラマを描くのかもしれない。おそらくないとは思うけど、そんな期待もしてしまう。
 モンスターの造形もなかなかユニーク。なんだか、ゲーム化して欲しくなってきた。

中野晴行(なかの・はるゆき)

1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。

eBook Japan
2016年12月7日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

イーブックイニシアティブジャパン

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