待望の電子化!若い読者のつげ義春再発見のために『つげ義春作品集』|中野晴行の「まんがのソムリエ」第24回

中野晴行の「まんがのソムリエ」

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賭/おばけ煙突 つげ義春作品集 (1)
つげ義春[著]

伝説の作家の名作が待望の電子書籍化
『つげ義春作品集』つげ義春

 昨年暮れ、電子書籍販売サイトeBookJapanで電子版『つげ義春作品集』全16巻の刊行がスタートした。第1回配本は(1)『賭/おばけ煙突』、(5)『紅い花/海辺の叙景』、(6)『ねじ式/二岐渓谷』、(11)『必殺するめ固め/会津の釣り宿』、(14)『無能の人/石を売る』の5冊。収録作品はほぼ発表年代順にまとめられている。

 つげ義春のマンガ家人生は概ね4つの時期に分けることができる。
 まずは、1955年5月に若木書房から『白面夜叉』を発表しデビューしてから主に貸本向けに作品を発表した1963年ごろまで。短期間ながら少年誌にも描いているが、この間を「貸本時代」と呼ぼう。
 続いて、1965年の『月刊漫画ガロ』8月号に短編「噂の武士」を執筆してから1970年『ガロ』2月号、3月号に「やなぎや主人」を描くまで、時代物や旅物などを描いて高い評価を得た「ガロ時代」。
 約2年の休筆期間を経て、双葉社の『漫画ストーリー』、日本文芸社の『カスタムコミック』、実業之日本社の『漫画サンデー』などの青年コミック誌、北冬書房の短編集『夜行』などに、自伝や夢をテーマにした内省的な作品を発表した1972年から1981年までの「青年誌の時代」。
 そして、休筆して古本や中古カメラの販売で自活を目指した苦節時期を経て、1984年6月に日本文芸社から創刊された季刊誌『COMICばく』に「散歩の日々」を発表して復活。1987年春季号、夏季号に前後編を発表した「別離」まで、仕事のなくなった中年マンガ家の鬱屈した暮らしや、作者の少年時代の記憶を私小説的に描く14作品を毎号発表した「ばくの時代」。
 これ以降は、長い休筆が続いている。
 今回の作品集では概ね、1、2巻が「貸本時代」。3~7巻が「ガロ時代」。9~12巻が「青年誌時代」。13~16巻が「ばくの時代」ということになる。

 もちろん1巻から順を追ってつげ義春というマンガ家の変遷を読むのが一番いいことなのだろうが、初めてつげ作品を読むという若い読者には、ガロ時代の作品から入ることをおすすめしたいと思う。その上で、貸本時代の作品やばくの時代に描かれた「無能の人」などに触れれば、無理なく作品世界に入っていけるはずなのだ。

「哲学的である」とか「芸術的だが暗い」と評される青年誌以降の作品に対して、「ガロ時代」のつげ義春のマンガには、不思議なユーモアセンスがある。もちろんお笑いのような明るいユーモアではない。貧しさや孤独感をユーモアによって忘れてしまえ、とでもいうような冷めたユーモアだ。
 第5巻所収の「通夜」は、にわか雨に降られた旅の3人組が、山里の家で死体とともに一夜を過ごすことになる、という話。退屈した3人組は死体にいたずらをしたり、踊らせたり、屁を吹きかけたりと大騒ぎ。古典落語の「らくだ」を思わせるような一夜が展開される。そして、……。オチが洒落ている。
 同じく5巻の「峠の犬」は、主人公の隣家に飼われている五郎という犬の話。片方の耳が動かず無愛想なその犬は隣家でもあまり大切にされていない。主人公は行商人で、あるとき旅から戻ってくると五郎の姿が見えない。どうしたものかと思いながら過ごしていると、旅先の合掌峠という場所で、ハチという名で茶店に飼われている五郎と出会う。もはや五郎という名も、主人公のことも忘れている様子のハチを見るうちに、主人公は自分にはもとのところに引き返さなくてはならない理由があるのか、と自問する。五郎(ハチ)のこだわらぬ生き方が、合掌峠の由来になった、乞食として死んでいった元高僧の姿と重なり、すぐれた法話の味わいもある名作だ。
 6巻の「ほんやら洞のべんさん」は雪深い越後魚沼の商人宿に泊まったマンガ家と宿の主・べんさんの話。久しぶりに来た客にべんさんは張り切るが……。べんさんの抱える孤独と描けないマンガ家の孤独が、雪でできたほんやら洞(カマクラ)のような古びた宿の中に小さな活気を生み、それが一瞬のものであることを暗示させるラストがしみじみ哀しい。それでもなお、ふたりの噛み合わない会話にはユーモアが感じられる。

 難解と言われる代表作「ねじ式」(6巻)も難解な表現の中に言葉のユーモアがあるし、娘から女に変わろうとするおかっぱの少女との出会いを描く「紅い花」(5巻)や「もっきりやの少女」(7巻収録予定)などにも、山奥のおおらかで土俗的な生き方がユーモアとともに描かれている。
 ガロ時代のつげ義春のユーモアセンスをわかった上で読めば、救いがないように見える「無能の人」(14巻)にも、そこはかとないユーモアが込められているのを感じられるはずなのだ。
 本シリーズがつげ義春の新たな読者開拓に繋がれば、オールドファンとしてこんなにうれしいことはない。

中野晴行(なかの・はるゆき)

1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。

eBook Japan
2017年1月11日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

イーブックイニシアティブジャパン

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