「待つ」時間の内に一瞬のドラマを見る『踏切時間』|中野晴行の「まんがのソムリエ」第25回

中野晴行の「まんがのソムリエ」

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電車が通り過ぎる一瞬のストーリー
『踏切時間』里好

 こういう仕事をしていると、マンガというものはもはや成熟しきったコンテンツで、ほとんどのテーマが描き尽くされている、と考えがちなのだけど、ニッチなテーマも含め次々に新しいものが登場して、「おお! この手が残っていたか」と驚かされ続けている。この多様性こそが、日本のマンガ最大の特色であり、強みなのだろう。
 今回紹介するマンガのテーマは踏切。鉄道と道路が交差するところにあって、列車と人や車の安全な通行のためにかかせないあれ。最近は、「開かずの踏切」対策として立体交差化を進める鉄道会社が増えて、昔ほど見かけなくなっているとは言え、ごくごく日常的な存在である。鉄道を扱ったマンガは数多(あまた)あって、鉄道マンガというジャンルを形成するまでになっているが、踏切とは文字通り意表をつかれた感じだ。
 そのマンガとは里好の『踏切時間』。『月刊アクション』の2016年7月号から連載。12月に単行本第1巻が登場したばかり、ほやほやの新作だ。

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 舞台になるのは当然踏切。警報が鳴り遮断機が降りてから電車が通過するまでの短い時間に起こることがストーリー。「ええ? そんなマンガが面白いの?」と言われそうだが、これが面白いのである。

 第1話のモデルになっているのは、西武池袋線の池袋から椎名町に向かう途中にある、遮断機のついた比較的小さな踏切。電車が通過するのを待っているのは2人の女子高生・アイとトモ。アイはトモの先輩だ。余談になるが、今時珍しいセーラー服姿。どうやら彼女たちは登校途中でしばしばこの踏切に足止めされているようだ。
 アイは突然「青春の真っ只中 この貴重な時間を踏切を待つだけに浪費してしまっていいのだろうか! いやよくない!!」と言い出す。そして、電車が通る瞬間に好きな人の名前を叫ぼう、とトモに提案する。それが踏切でできる熱い青春の行動なのだ、と。
 電車が踏切内を通過する瞬間、トモは好きな人の名前を叫ぶが、それが思わぬ展開に。

 第2話のモデルは、東武東上線のときわ台と上板橋の間の踏切。
 踏切の前で待っているのは、坊主頭の中学生・田西くんと同級生の真島エリコ。田西くんはエリコの存在に気づいているが、前に立っているエリコはまだ気づいていない。田西くんは後ろからエリコを見ながら妄想を膨らませている。エリコは同級生の男子の間では「エロい」と評判なのだ。
 時間に正確で毎日同じ時間に同じ踏切で待っているエリコを、田西くんは毎日同じ時間に後ろからじっくり観察していたのだ。ところがこの日、田西くんはエリコに気づかれてしまう。そして親しげに声をかけてきたエリコに、田西くんはトロトロになってしまう。

 珍しいのは第5話のモデルになっている山手線田端駅付近の踏切。山手線は高架を走っているので陸橋の先に踏切がある、ちょっと不思議な構造になっているのだ。ここで待っているのは、女子高生の黒部と彼女の先生。制服から見て黒部はアイたちと同じ学校のようだ。先程から先生は、彼女に声をかけたものかどうかずっと迷っているのだが、彼女は気づいていて無視している。そして、無視していることに気付いて欲しいのに、先生は意を決して声をかけてきてしまった。そして……。

 こんな調子で、踏切前の登場人物たちの一瞬のドラマを描いていくのがこのマンガだ。第1話は第4話に続き、第2話は第6話に続くというスタイルになっていて、続きものとして読むこともできる。踏切怪談(第3話、第8話)のようなものも出てくる。第1巻の全10話を読むと、踏切という設定だけで、こんなにいろいろなストーリーが生み出せるのか、と驚かされる。
 そして、ひとつひとつのエピソードには、かつての自分自身にも思い当たるようなところがあって、そこが惹かれる。
 ちょっと大人びた同級生の女の子にこっそりと妄想を抱いたこともあったし、夕方のそろそろ辺りが暗くなる時間の踏切が不気味に思えたこともあった。「カンカンカン」という警報の音がどうも耳に残ったこともある。気がついているのに面倒だから気がつかないふり、というのはいまだによくやっている。
 このマンガの読み方は「そうだったそうだった」とか「え~。そうなの」とか言いながら雰囲気を味わうのがいいのだろう。あまり深く考えてはいけない。

 で、できればモデルになった踏切に行ってみたい。もちろん、エロいエリコはじめマンガの登場人物はいないのだけど、もしかして、似たような人が電車の通過を待っているかもしれないから……。
 それにしてもマンガは奥が深いエンタテインメントだなあ。

中野晴行(なかの・はるゆき)

1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。

eBook Japan
2017年1月18日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

イーブックイニシアティブジャパン

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