まるで映画!波乱万丈の展開で魅せる昭和を代表する探偵マンガ『ビリーパック』|中野晴行の「まんがのソムリエ」第27回

中野晴行の「まんがのソムリエ」

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『ビリーパック(1)』
河島光広[著](少年画報社)

時代背景を色濃く映しだす、推理ありアクションありの探偵マンガ
『ビリーパック』河島光広

 これは前にも書いたことだけど、電子書籍は過去の作品の復刻保存に適したメディアだ。とくにマンガのように絵で表現される作品を保存するのに適している。私は、著作権や版面権などの問題さえクリアできれば、昭和30年代までのマンガはすべてデジタル・アーカイブにして後世に伝えるべきだ、と考えている。国レベルで東京に大規模なマンガやアニメの博物館をつくる計画もあるようだが、デジタル・アーカイブを活用すれば大きなハコモノをつくらなくても日本が世界に誇る文化を保存継承できるのだ。
 宣伝めくが、みなさんが利用しているeBookJapanもマンガのデジタル・アーカイブの一助を担っている。紙で復刻すれば大変なコストがかかり、流通させてもかなり高額なものになってしまう過去の名作を、手軽な価格で復刻しているからである。
 今回紹介する河島光広の『ビリーパック』もそんな貴重な復刻作品のひとつだ。

 ***

 月刊少年雑誌『少年画報』誌上で連載がスタートしたのは1954年10月号。日米ハーフの名探偵が警察に協力して難事件を解決する探偵マンガで、武内つなよしの『赤胴鈴之助』、桑田次郎の『まぼろし探偵』とともに『少年画報』黄金時代を築いた。連載は61年6月号まで続いたが、作者の河島が肺結核のために30歳という若さで急死。そのあとを、弟子の矢島利一が引き継いで62年7月号まで続けられた。
 電子書籍化されたのは、連載中に少年画報社からB6判ハードカバーで出された単行本全9巻。のちに、少年画報社から新書判全4巻で復刊されているが、電子書籍版ではオリジナル通り、カラーページが再現されているほか、刷色も見開きごとに変えられている。当時のマンガ単行本では珍しくもなかったのだが、いまこれを紙でやったら大変なことになる。なによりこだわりを感じさせるのは、見返しまで復刻していることだ。通常の電子書籍には見返しは存在しないのだが、表紙の次には見返しの絵がそのまま復刻されており、その裏にあった作者の言葉も収録されている。これはうれしい。

 物語の舞台は戦後まもない東京。主人公のビリー・パックは日本でアメリカ人の父親と日本人の母親の間に生まれたが、戦争中にスパイの嫌疑を受けた父親は投獄されて銃殺刑に。母親は憲兵に撃たれて死亡。ビリーは親戚のおじさんに引き取られて成長した。そこで仲良くなったのが隣家の研一くんとすみれちゃん。しかし、空襲で研一兄妹は父を失ってしまう。そして、終戦。ビリーは父の故郷・アメリカに戻り、研一兄妹は渋谷のおじさんを頼る事になる。

 ところが研一たちのおじさんの家も空襲で全焼。途方に暮れるふたりは悪人に騙され、靴磨きと花売り娘として働かされることになった。
 このあたりの戦後風俗の描き方は、実際にその時代を見てきたからか、さすがにリアルだ。焼け跡には戦争で親や家族を失った子どもたちが、必死の思いで生きていたのだ。ふたりは、戦争中外国にいた母親の帰国を待ちながら過酷な暮らしに耐えた。
 月日は流れ、靴磨きの研一は麻薬密造組織の犯罪に巻き込まれ、命を狙われてしまう。そこに颯爽と現れたのは、アメリカで私立探偵として成功したビリー。鳥打帽にトレンチコートという出で立ちがかっこいい。アメリカンスタイルが憧れの的だった時代の空気が伝わって来る。

 波乱万丈の末、ビリーの活躍で事件は無事解決したが、結末はちょっと哀しい。ここまでが「生い立ち編」。そして続く「狼人間編」はちょっとした本格ミステリ仕立てだ。宝石商夫婦が中から鍵のかかった部屋で殺され、犯人は自らの写真と狼人間という名前を残していく。そしてさらに、新たな犯行が予告される……。ストーリーは、宝探しの仲間に裏切られ殺されたはずの男が生きていたという、『巌窟王』的な復讐譚になっていて、密室トリックや予告誘拐、入れ替わりなどを駆使する怪人・狼人間に、名探偵・ビリーが挑む、正統派の怪人対名探偵形式。推理作家の芦辺拓氏は、編者をつとめたアンソロジー『少年探偵王』(鮎川哲也・監修/光文社文庫)で、江戸川乱歩や高木彬光のジュブナイルとともにこの「狼人間編」を紹介している。

 このあとも、東京中を騒がせる神出鬼没の窃盗グループ・東京X団や、松波博士が発明したBMガラスを狙う海底ギャング団、両親の復讐を企てる変装の名人・怪猫仮面など、手ごわい敵が次々にビリーの前に現れる。
 東京X団編以降は、潜水艦や宇宙ステーションなどの秘密兵器も登場。ビリーも靴に仕掛けたナイフなどの探偵七つ道具を駆使して、派手なアクションを繰り広げるようになる。
 絵柄はのちの劇画を彷彿とさせるものだし、妖しい女性盗賊が登場するあたりは大人の雰囲気もある。なによりも、台詞回しがかっこいい。若いマンガファンには、昭和30年代に、こんなすごいマンガがあったことをぜひ知ってほしい。

中野晴行(なかの・はるゆき)

1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。

eBook Japan
2017年2月1日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

イーブックイニシアティブジャパン

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