巨大空間を「ネットサーフィン」 「神学」事典の賢い使い方 廣石望ゼミ特別講義

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廣石望さん(後列右から2人目)を囲んで語り合うゼミ生ら

 キリスト教出版界では、年をまたいで意欲的な大型出版が続く。教文館が刊行した『旧約新約聖書神学事典』(A・ベルレユング、C・フレーフェル編/山吉智久訳)もその一つ。『オックスフォード キリスト教辞典』(E・A・リヴィングストン編/木寺廉太訳、教文館)の刊行も続く。

 『旧約新約聖書神学事典』は、ドイツ語圏を中心とした聖書学者15人による最新学説の集大成。「神観念」「救済論」「祭儀」をはじめとする12の「大項目」と、200の「小項目」項目で構成されており、宗教史、社会史、文献学、図像学、釈義など各分野の知見に触れることができる。今回の邦訳出版を喜ぶ立教大学文学部キリスト教学科の廣石望ゼミによる協力を仰ぎ、同事典の特徴から「賢い事典の使い方」に至るまで、存分に語ってもらった。

 この事典の特徴は、まず執筆者のチームワークが優れているという点。「総論」と「各論」に分かれており、教育的配慮が十分なされている。クロスレファレンス(関連項目を参照できる機能)が充実していて、屋根となる「大項目」と柱である「小項目」の対応関係が説明されているので、どこから入っても聖書神学全体を思いのままに「ネットサーフィン」できる。聖書神学という巨大な空間がある中で、つながりを見せてくれるわけです。「ハリー・ポッター」の図書館で階段が自在に動くようなイメージですね。そこまでよく練られた事典は他になかったと思います。

 訳者の山吉智久さんは良い意味でドイツ語圏神学の伝統を知っている人です。近年のキリスト教学の弱点は、専門のことしか研究しないこと。聖書学をする人は教会史を知らない。組織神学をする人は美術のことを知らない。新約の中でも、「俺はパウロをやるから、お前はマルコをやれ」とか、考古学者が論じていること、ユダヤ学、西洋古典学のことを知らないということがある。

 この事典が果たす役割は、キリスト教会が解釈共同体として受け継いできたテキストを、近代歴史学、文献学、考古学や図像学を総合しながら解釈し続けるという営みです。

 それはやはり、大学や研究者間のネットワークと蓄積があったからこその成果だと思います。私も執筆者として携わった『新約聖書解釈の手引き』(日本キリスト教団出版局)に対して、「みんな仲が良い」という反応が多く寄せられました。研究者の間では、持てる力を結集しなければ学問が死に絶えるという危機感は共有しています。そのために何度も会合を重ねてコンセンサスを取りました。今後、大きな事典の編纂作業をする場合は、さらに広くキリスト者以外の研究者にも協力を要請しなければならないでしょう。

 一方で、規模の小さな教派神学校が限られた学生と教員で細々と「独自性」を誇示しながら個別に教育し続けている状況がありますが、互いの立場は尊重しつつ、教員も共有した方がいいと思います。教派の将来を担う若い学生同士も、枠を越えて一緒に学ぶことがたいへん重要です。学問はそのためのツールとして使えるはずです。

 20年経つと、どんなに強い学説も根源的に批判されます。次の世代が「前提が根本的に間違っている」と言いたがる。そうした世代間ギャップによって学説が進展していくという側面があります。リチャード・ボウカムの様式史批判はその典型です。その意味では、たとえ聖書の事典といえども学説史の流れから自由ではありません。

 ですから事典を読む際は、その事典のコンセプトは何か、どの世代に対して何を言おうとしているかを理解した上で読めれば楽しいはずです。ただ多くの場合、事典は地味なことしか書かれていませんが。

 教会における聖書の読み方も、従来の聖書研究会ではない柔軟なものにしていく必要があるかもしれませんし、学問もそのために役立つという可能性を追求してもいいと思います。

 ベーシックなインフォメーションは大切ですが、それだけではなく考える材料としての知識、知恵のセンターとして大学も教会も再生してほしいと願っています。事典が持つ大きな役割は、困った時にどう進めばいいか、という自力方向定位とネットワークのトレーニングの場としての機能です。それを複数の読者で活用し合う。この事典はまさにそういう使い方に向いていると思います。

 実際の利便性で言えば、これ1冊がスマホに入ればありがたい。ウェブ上から自由にアクセスできればなお良いと思います。

『旧約新約聖書神学事典』の中で、併用が勧められている事典
▼『ギリシア語 新約聖書釈義事典』(全3巻)H・バルツ、G・シュナイダードイツ語版編集
▼『旧約新約聖書大事典』旧約新約聖書大事典編集委員会編集(いずれも教文館)

キリスト新聞
2016年12月25日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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