ひと夏につめ込まれた淡い恋と謎と冒険の物語『子供はわかってあげない』田島列島|中野晴行の「まんがのソムリエ」第31回

中野晴行の「まんがのソムリエ」

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「教える」ことの真実を伝えるマンガ
『子供はわかってあげない』田島列島

 ついこの間、新年の挨拶をしたと思ったらもう3月。来月には入学、進学、入社のシーズンがやって来る。学校にはピカピカの1年生が、職場にもピカピカの新人たちが入ってくるのだ。新人の指導を任されるのは、2・3年目のすこし仕事に慣れた人たち、と相場が決まっているようだ。この時期になると、上司から指導役を任命されて「教えるのは苦手だなあ」なんて考えている人も多いのではあるまいか。中には、そのために会社に行くのが嫌になる人もいるのだとか。それほどではないまでも、人に教えるのはかなりのプレッシャーだ。パートタイムで学校の先生の真似事をしている私だって、実を言えば人を教えるのは苦手なのだ。
 今回は、「教えるのやだなぁ」と尻込みしているみなさんにオススメのマンガを紹介しようと思う。
 田島列島の『子供はわかってあげない』だ。

 ***

 連載は講談社の青年コミック誌『モーニング』2014年14号~35号。休載をはさんで全20回で完結している。
 主人公の朔田美波(さくたみなみ)は高校2年生。水泳部員。泳ぐのは大好きだが、基本たるんでいるので顧問の先生からは「タルンドル朔田」と呼ばれている。ある日彼女は、学校のプールで練習中に、校舎の屋上に誰かがいるのを発見する。
 気になって練習後に屋上に上がると、そこでは書道部の門司昭平(もじしょうへい)が部活をサボってアニメ『魔法左官少女バッファローKOTEKO』のキャラを大きなカンバスに描いていた。実は、朔田もKOTEKOの大ファン。プールから見えて気になったのは、KOTEKOの絵だったのだ。それまで接点らしい接点のなかったふたりは、マニアックな共通の趣味でたちまち意気投合する。
 少年マンガ、少女マンガでは基本中の基本とでも言うべき「ボーイミーツガール」である。しかし、そこはそれ青年誌だ。単なるラブコメにとどまらない、十重二十重に折り重なった複雑な物語が展開していく。

 朔田の両親は彼女が5歳の時に再婚。実の父親はそれ以前に行方不明になっていた。実父の行方につながる手がかりと言えば、去年送られてきた送り主のわからないおふだだけ。書道教室を経営する門司の家で、同じおふだを見つけた朔田は、それがある新興宗教のものだと聞かされる。さらに、門司から彼の兄が隣町で探偵をしていると知らされた朔田は、父を探してもらえないかと考えた。
 ところが、門司に連れられていった先は商店街の古本屋。しかも、2階で探偵をしているという兄の明はどう見ても女性……。
 兄は性転換手術を受け、そのために門司の祖父から勘当されていたのだ。父探しを明に依頼した朔田。そして、彼女たちと入れ替わるように、ふたりの男が明に仕事を依頼するためにやってきた。男たちの正体は新興宗教「光の匣」のメンバー。彼らの教祖が大金とともに行方不明になっており、教祖とお金を探して欲しいというのだ。そして、教祖の名は……。
 事態が思わぬ展開を見せる中、朔田は父と会うことができるのか。父が失踪した理由を聞くことはできるのか? 探偵の明さんと大家でもある古本屋の善さんの奇妙な絆も気になる。そしてそして、なによりも朔田と門司の間に生まれる甘酸っぱい恋の行方は? 青春モノとしてもハードボイルドミステリとしても読めるというのがすごい。

 これ以上書いてしまうと、読む楽しみがなくなってしまうので控えるが、はじめに書いたように、このマンガには「人に教える」というモチーフがドラマの中に巧みに織り込まれていて、そこが読みどころになっている。
 門司は夏バテで教えられなくなった祖父の代わりに、自宅の書道教室の先生をしている。子どもたちを教えている門司の姿に、朔田はうらやましさを感じる。自分は泳ぐばかりで誰かに教えることがない。朔田は言う。
「もじせんせーのこと忘れても もじせんせーから教わったことを忘れない子はいるんじゃないの したら その子の書く字にもじくんが残るじゃない」
 そんな彼女が、カナヅチの小学生・仁子(じんこ)ちゃんに泳ぎを教えることになる。浮かぶこともできない仁子ちゃんに困ったとき、朔田が思い出したのは、自分が小さな時に母親から教えられたこと。それは「死体の真似をすること」だった。
 このほかにも「教える」に関わる素敵な言葉がたくさん出てくる。「人は教わったことなら 教えられるんだよ」という門司くんのセリフもいいね。
 一番好きなのは、朔田の実の父のこの言葉。
「世界に必要なのは『自分にしかない力』じゃない」「『誰かから渡されたバトンを次の誰かに渡すこと』だけだ」
 教えるのって意外に愉しいことなのかもしれない。

中野晴行(なかの・はるゆき)

1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。

eBook Japan
2017年3月1日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

イーブックイニシアティブジャパン

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