第37回日本SF大賞は妊婦が戦う戦争マンガ 『WOMBS』白井弓子|中野晴行の「まんがのソムリエ」第32回

中野晴行の「まんがのソムリエ」

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異生物の能力を宿した女戦士たち
『WOMBS』白井弓子

 第37回日本SF大賞に白井弓子の『WOMBS』が選ばれた。
 本賞は、日本SF作家クラブが1980年に創設したもので、第1回受賞作は堀晃の『太陽風交点』。小説だけに限定するのではなく、金子修介監督の特撮映画『ガメラ2 ガメラ対レギオン』、押井守監督の劇場アニメ『イノセンス』、萩尾望都のマンガ『バルバラ異界』、最相葉月のノンフィクション『星新一 1001話をつくった人』など、幅広いジャンルに賞が贈られているのが特徴だ。選考方法もクラブの会員に加えて一般からもツイッターや電子メールでエントリー作品を公募し、会員の投票で最終候補作を絞り、クラブの総会で選ばれた選考委員の合議で最終決定するというオープンな手法だ。
 ちなみに私もSF作家クラブの会員なのだが、「なんでこのタイミング」という戸惑いがなかった、といえば嘘になるだろう。小学館の月刊誌『IKKI』で連載が始まったのは2009年6月号。12年6月号でいったん連載は中断。描き下ろしを加えた単行本3巻がほぼ同時に出て、1年後の13年8月号に1話だけ掲載され、描き下ろしを加えた4巻が登場。14年12月から翌年2月に3話分がWEB連載され、1年後に出たのが最終巻だったから、読者としては16年の作品という認識がほとんどなかったのだ。

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 さて、舞台になるのは地球からはるか彼方にある惑星「碧王星」。地球からやってきた第一次移民(ファースト)はテラフォーミングによって高温多湿の惑星を自分たちが住みよい環境に造り変え、新たな暮らしをはじめた。あるとき別の移民船団が碧王星に接近する。第2次移民(セカンド)と呼ばれる彼らは、移住先を探査しながらコールドスリープ状態で旅を続け、適した惑星を発見した段階で、AIの先遣隊を送って先住民を滅ぼし、環境を整えるようプログラムをセットしていた。
 セカンドの圧倒的な科学力と物量の前に、ファーストの国々は歯が立たなかった。最後まで抵抗を続ける国・ハストだけを残して、碧王星はほぼ全土がセカンドの手に落ちていった。ファーストがセカンドに対抗できる唯一のアドバンテージは、転送部隊と呼ばれる女性だけの特殊部隊。転送能力を持つ現地生物「ニーバス」の体組織を子宮に移植された彼女たちは、ニーバスと同じ力を発揮して戦闘部隊や物資を、セカンドが支配する地上に瞬間的に送り込んだり、回収したりすることができるのだ。
 両勢力の緩衝地帯となっている土地でぶどう栽培をしていたマナ・オーガは徴兵され、特別転送隊に配属される。部隊はサウラ中佐の指揮下、リーダーのアルメア軍曹、彼女の部下のマウン伍長、チーフ・ミミ。そして、ケイ、シェッド、キャス、マリア、ナース、マナ、の新兵6名で構成されていた。
 タイトルの「WOMBS」の意味するところも含め、謎が数多く散りばめられた作品だが、なによりも子宮に異生物の体組織を移植するという発想がユニークだ。

 ニーバスの姿は極秘にされており、マナたちの胎内に育つものも「転送器官」と呼ばれ、「胎児のようなものではない」と教え込まれる。だが、マナたち新兵の体内では妊娠とよく似た拒絶反応や変化が生まれる。SF大賞のエントリーコメントにも「妊婦が戦う」というコメントが見られた。転送作戦に臨む彼女たちが腰に巻くサポーターは、妊婦帯を思わせるし、独特の呼吸法も出産時の呼吸法によく似ている。転送能力は碧王星の歪んだ月の位置に左右され、転送兵としての初陣は「犬の日」と呼ばれる。月も犬も妊娠に関わりを持ち、とくに犬は安産に通じる。

 新兵たちの中で、マナは特別な任務を与えられる。それは、新たな転送ポイントを創りだす「開拓者」になることだった。ニーバスは、座標空間と呼ばれる脳内の仮想空間を利用して星の全座標をサーチし膨大なデータを処理することによって原始の転送ポイントを創った。「開拓者」はニーバスと同じように座標空間の奥深くに入る能力を持つことで新たな転送ポイントを創りだすのだ。
 現実と座標空間の描き分けが優れている。座標空間が五感に伝えるものは現実と見紛うばかりだが、あくまでも脳内にだけ存在するリアルだ。そこに入り込んでいくとき「開拓者」が感じる浮遊感が見事に表現されている。

 建設が進むセカンドの新首都を攻撃するため、マナは目標に転送ポイントを創る命令を受けるが……。
 プログラムの最終目標を変更できないAI相手の戦いをどう制するのか。敗北=滅びという絶望的な状況の中でマナたちは生き残るための戦いを続ける。一方で、軍の上層部はメンツや思惑に囚われ、研究者の中には裏切り者も出てくる。男の兵隊たちも、どこか彼女たちの存在には冷ややかで、ハラスメントも多い。男ってこういうときにダメだなあ、とちょっと残念になる。
 ラストは「人間から戦争を取り除くのは無理なのか」と、かなり重たい気持ちにさせられる展開だが、作品としては非常によくまとまっている。SFマンガのマイルストーンに数えられるべき作品だ。

中野晴行(なかの・はるゆき)

1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。

eBook Japan
2017年3月8日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

イーブックイニシアティブジャパン

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