<東北の本棚>人間の身勝手さに警鐘

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福島ノラ牛 物語

『福島ノラ牛 物語』

著者
伊坂 邦雄 [著]
出版社
彩流社
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784779122958
発売日
2017/03/03
価格
2,200円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<東北の本棚>人間の身勝手さに警鐘

[レビュアー] 河北新報

 動物たちが会話する空想小説だ。舞台設定は福島第1原発事故の被災地で、殺処分を逃れようと野生化した牛たちがイノシシやカラスの協力を得て、警戒区域外へ脱出を図る。自分たちの都合ばかり優先する人間の側の身勝手さに警鐘を鳴らしている。
 福島県楢葉町の牧場で生まれた雄牛の「チビ太」。原発事故が起きたのは生後8カ月の時だ。避難指示が出る。ガソリンもない。飼い主は牛たちに「すまない」と言いながら泣く泣く郡山市へ去った。
 やむなく野に放たれてしまった「ノラ牛」に対して、政府は殺処分の指示を出す。「俺たち、人間に悪いことしたことあったか?」。群れで移動、青草を食べ、木陰で寝る。牛たちの闘いの本能なのであろう、雄牛同士で頭突きを始めた。チビ太も成長していく。そこで白装束の人間が放つ矢が、左の太ももに当たった。急坂を駆け上がった所で倒れる。
 「目を覚ませ」と水を与え、木の皮を口に含ませて生き返らせてくれたのがイノシシだった。カラスは空を飛び、被災地周辺の情報をもたらしてくれた。チビ太は彼らの生活の中に、人間に世話にならずに生きる姿を見たのだった。
 人間がノラ牛を捕まえに来る。なぜ?
 人間の子どもの姿が見えない。なぜ?
 やがて「自分たちが汚染された場所に取り残されていた」ことに気付く。ノラ牛たちは、阿武隈の山並みを越え、人間界の支配のない理想郷を目指して旅立った。
 著者は1948年東京都生まれ。獣医師。本名・伊東節郎。東日本大震災後で宮城県石巻市にボランティアに入る。後、福島県浪江町の「希望の牧場・ふくしま」に福島市から通勤。
 獣医師にしか描けないであろう牛の生態描写が、もう一つの読ませどころだ。
 彩流社03(3234)5931=2160円。

河北新報
2017年3月12日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河北新報社

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