『人質カノン』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
宮部みゆきのこの短篇がスゴイ! その3――作家生活30周年記念・特別編
[レビュアー] 佐藤誠一郎(編集者)
今年、作家の宮部みゆきさんが、作家生活30周年を迎えられます。この記念すべきメモリアルイヤーに、宮部みゆきさんの単行本未収録エッセイやインタビュー、対談などを、年間を通じて掲載していきます。今回は特別編として新潮社で宮部みゆきさんを担当して25年の編集者で、新潮講座の人気講師でもある佐藤誠一郎が数ある名短編の中から選りすぐりの作品を紹介します。
***
今回は味のある小品をご紹介します。
宮部さんの書く会話が滅法うまいということは、少し作品に触れただけですぐお分かりのことと思いますが、ほとんど会話だけで成り立っているのが「十年計画」という短編です。文春文庫の短編集『人質カノン』に収録された小ぶりな作品です。
二人の女性が会話している。年かさの方が「わたし」に、運転免許を持っているかどうか訊ねたことから会話がどんどん弾んでゆく。そのときの時刻が「午前二時をまわったところ」とあるので、「おや?」と身構えさせるのですが、年かさの女性はいたって平静、とりあえず危険は感じられません。
どんな空間に二人がいるのか、二人が居合わせた理由は何なのか、深夜であること以外は一切明かさないで会話は進んでゆく。そのうち相手の身の上話の中に「殺人」だの「計画」だのという言葉が混じって来はじめます。こんなこと、聞いちゃって大丈夫なんだろうかと思いながら、「わたし」は相槌を打ちながら話の続きを促している……。
どうですか、読みたくなってきましたよね。終盤になって、ああ、こんなシチュエーションだったんだと、設定が明かされて話の流れに深く納得がいく。
しかし最後に、え、この先どうなったのと叫びたい気持ちになったところで会話は途切れます。読んで下さればわかりますが、唐突に途切れるのではなく、ごく自然な成りゆきでそうなってしまう。
ここで読む人によって二つの反応がありうると思うのです。「話の続きがどうしても知りたくなってしまう」派と、「年かさ女性にかつがれたんじゃないの」派、その二つです。宮部さんはたぶんこの両方を想定しているんじゃないでしょうか。
実に味わい深い、短編らしいエンディングを持った作品だと思います。この小説の設定を「百物語」に譬える人もいますから、ホラー小説としてお読みいただいてもいいかも知れません。