マティスとルオー 友情の手紙 ジャクリーヌ・マンク 編

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マティスとルオー 友情の手紙 ジャクリーヌ・マンク 編

[レビュアー] 中村隆夫(美術評論家)

◆作風異なる2人を繋ぐ師

 本書は、二〇一三年にスイスでフランス語出版されたマティスとルオーの往復書簡集の日本語訳である。

 二人はパリ国立美術学校でのモローの教え子で、その後、マティスはフォーヴィスムの色彩画家として活躍し、かたやルオーは独特の重厚な作品で名を残した。絵画的にはまったく異なり、しかもマティスの永遠のライバルで親友としてすぐに脳裏に浮かぶのはピカソである。一体二人にどんな繋(つな)がりがあるのだろうか。

 一九〇六年と翌年の葉書と手紙が冒頭に出てくるが、ほとんどは一九三〇年からマティスの死の前年の一九五三年までの手紙である。ルオーの娘イザベル、ニューヨークでギャラリストとして活躍したマティスの息子ピエール、娘のマルグリットの間で書簡が交わされ、お互いに敬意を抱いた家族ぐるみの穏やかな友情が続いていたことが分かる。本書の最も大きな成果はこの友情の裏付けにある。

 今でこそモローは画家として高い評価を得ているが、戦後になるまでは彼らのよき教師として評価されていた。マティスとルオーが晩年の手紙で、何度も師について回想し、しかもモローの弟子であるという誇りが二人を繋ぎ止める大きな絆であったことが書面からよく理解される。

 第二次大戦中のナチス侵略による不自由な生活、ルオーと画商ヴォラールとの契約による長きにわたる心痛など、この書簡集から得られる情報は多い。また原注が充実していることは、書簡を読み解く助けになるとともに、さまざま情報をも提供してくれるし、索引も充実している。

 私見だが、ルオーにとってセザンヌの影響は大きかったはずである。だがなぜか、これに関してはまったく言及されていないし、二人の制作に踏み込んだ話題は皆無と言ってよい。全体的な印象が表層的で、内容の物足りなさを感じてしまうのは、私の要求が多すぎるせいばかりとは言えないだろう。

 (後藤新治ほか訳、みすず書房・3780円)

<Jacqueline Munck> 現在、パリ市立近代美術館学芸部長。

◆もう1冊 

 『川端康成・三島由紀夫 往復書簡』(新潮文庫)。『花ざかりの森』を贈られた川端の礼状から、三島の自決の年までの師弟の対話。

中日新聞 東京新聞
2017年3月26日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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