吉田沙保里の「本当の闘い」とは? 母が明かす、知られざる青春時代

こんな本を読んできた

1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 私は学生時代ずっとテニスをやっていて国体に出場したこともあるのですが、レスリングに関しては何の知識もありませんでした。それが、レスリングのことしか頭にないような夫と出会い、息子ふたりのみならず、やっと生まれた念願の娘までレスリングをさせることになってしまいました。

 自宅に作った道場で3歳のころから兄たちのまねをしながらマットで転がっていたときは、このかわいい娘がまさか世界王者になるとは予想もしませんでした。

中学のころから頭角を現し、すでに世界大会で優勝するようになっていた沙保里ですが、中三のとき1ヶ月後に全国大会を控えた練習試合で手首を脱臼骨折してしまい、手首に3本ボルトを入れることになりました。さすがにこれでは出場は無理だろうと思いましたが、夫は「片手でもいいから試合に出ろ」と言います。医師も呆れる中、手首から飛び出したボルトを2cmほど削ってもらってテーピングをし、沙保里を送り出しました。

結果、片手だけで闘いきった沙保里はその大会でも優勝したのです。

昔から、一家の長でありレスリングのコーチでもあった夫・栄勝の言うことは、私たち家族にとって「絶対」でした。

女の子ですから、友達と買い物をしたり、おしゃべりをしたり映画を観に行ったりと、青春を謳歌したい時期もあったはずなのに、沙保里はそれをすべて諦め、父が果たせなかった夢をその肩に背負って毎日闘い続けてきたのです。

 そんな娘を見ていて、私は若いころに夢中になった「生徒諸君!」という漫画をよく思い出しました。主人公のナッキーという女の子は、家族の事情も含めいろいろ耐えなければならないものを抱えながらも、どんな逆境も乗り越えていく強さと明るさを持っています。そのころの沙保里は、この主人公の姿とよくだぶって見えたものです。自分のことより人への気配りを優先する性格もよく似ていて、私自身にとっても生き方の参考になりました。

 いま沙保里はやっと自分自身の人生を楽しむ時間を少しいただけるようになりましたが、それでも責任感が強く人に優しい性格は変わっていません。母としては、もう周りのことばかりを考えず、女性としての幸せを考えてほしいと思いますが、今回、そんな私たち母娘の年月をちょっとだけ知っていただいて、子育て中のかたがたのお力になれたらと考え、初めて本を書きました。

 また、「霊長類最強女子」と呼ばれる娘が、実は「負け」「失敗」から多くを学び立ち上がってきたことも、読んでいただいて多くのかたの励ましになれば、と願っています。

吉田幸代(よしだ・ゆきよ)
1954年、三重県生まれ。 レスリング選手だった吉田栄勝氏と結婚後、二男一女に恵まれ、 夫と共に自宅に開いたレスリング道場「一志ジュニアレスリング道場」で 子どもたちの指導にあたる。2014年、栄勝氏の急逝後も変わらず 子どもたちを見守り続けている。

Book Bang編集部
2017年4月4日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連ニュース