これは、残された人生の物語――『女の子が死ぬ話』柳本光晴|中野晴行の「まんがのソムリエ」第35回

中野晴行の「まんがのソムリエ」

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余命宣告された15歳の少女の思いとは
『女の子が死ぬ話』柳本光晴

 3月17日。年下の友人が京都の病院でひっそりと亡くなった。1965年生まれだからまだ52歳……いや、誕生日はまだのはずだから51歳か……いずれにしても若すぎる。2005年に血液のがんと言われる白血病で余命宣告を受けたが、2年後の07年にはお連れ合いが京都の某大学に赴任したため、夫婦で東京から京都に引越し。病気もしばらく小康状態で、初めての京都暮らしを楽しんでいた。しかし、09年に突然、お連れ合いを失うことに。脳出血だった。
 その後も京都に残った彼は、フリーの編集者として仕事を続けていたが、がんは静かに進行して、14年には抗癌剤の投与と放射線治療がはじまる。それでも彼は、ノートパソコンを病室に持ち込んで仕事を続け、自分の病状をブログに克明に記録した。治療にも関わらずがん細胞は転移して、昨年は左眼球を摘出。今年になって新薬の投与が決まり、2月20日に治療のため再入院。最後の戦いに臨んだばかりだった。
 われわれも覚悟はしていた。しかし、言葉が出てこない。辛い気持ちで、本棚から取り出したのは、柳本光晴の『女の子が死ぬ話』というマンガだった。

 ***

 マンガは病院の診察室から始まる。医者がひとりの少女に余命宣告をする場面だ。
「早ければ半年 長くても1年もたないだろう…」
 そしてページをめくると一転して明るい桜並木が目に入ってくる。まるで歌舞伎舞台の場面展開のように鮮烈だ。この作品の味わいはこの場面展開のうまさにあると言ってもいいだろう。そして、登場するのは高身長で浅黒くいかにも健康的な少女。望月千穂。高校に進学して、この日が初登校日なのだ。
 高校生になったら少女マンガのような青春を送りたいと考えていた千穂は、まるで少女マンガのような出会いを果たす。学校に向かって走っていた彼女は同じ高校の水橋和哉にぶつかってしまう。超イケメンだ。そして、もうひとり。小柄で髪は真っ白でかわいい、まるで少女マンガのヒロインみたいな瀬戸遥(冒頭の少女が彼女だ)。和哉と遥は幼馴染だった。偶然、クラスも一緒になった三人は自然と仲良くなる。

 見た目とは違って、口が悪く人を寄せ付けない遥には一瞬戸惑ったものの、千穂は和哉に淡い恋心を抱き、自分とは正反対の、小柄で色白で弱々しく可憐な遥に対しても憧れに似た気持ちを感じるようになった。遥もまた千穂を通してクラスに打ち解けていく。
 しかし、6月のある日。遥は千穂たちの前から姿を消してしまう。学校には出てこず、携帯に電話をしても通じず、メールへの返事もなくなってしまったのだ。その前日、千穂たちは3人で、遥が行きたいといった海に遊びに行っていた。その日の遥はいつもよりもずっと明るかった……。
 夏休みが終わって、担任の先生は遥が退学したことを告げた。さらに1ヶ月。千穂は遥が亡くなったことを知らされた。

 この展開には読んでいて驚かされた。青春マンガなら、闘病する遥と千穂や和哉との交流がもっと描かれると考えていたからだ。実にあっけなく、遥は完全に千穂たちの前から消え去ってしまった。
 死を覚悟した遥は「きれいに死のう」と考えたのだ。「私が死んだとき 悲しんでもらえるように 5年後 10年後 今が思い出になった時 私のことを思い出した時 それがきれいな思い出になるように…」
 しかし、遥の思いを知らない千穂にとっては、行き場のない悲しみだけが残った。友を失って落ち込む千穂を、和哉は動物園に誘った。そこは幼い日の遥と和哉の思い出の場所でもあった。和哉はそこで、亡くなる1か月前に遥の病室を無理やり訪ねたことを告白した。しかし、和哉には千穂にはどうしても告げられないことがあった……。
 12年後。千穂は娘とお腹の中の赤ちゃん、そして、夫になった和哉とともに遥のお墓を訪れた。今も遥のことが忘れられない千穂。そして、再び死の1か月前の遥の病室に場面はもどり……。この場面転換がすごいなと思う。この場面があることで、遥が死んだあとも魂だけは死んでいないのだ、ということが読者に伝わって来る。
 この作品は15歳で死ななければならない運命を背負った少女とこれから人生が始まる少女のラブストーリーだ。ふたりを繋ぐのは和哉。遥は和哉の中で永遠に生きようとし、千穂は和哉の中の遥とともに生きようとする。遥の和哉や千穂に対する思いは、男にはちょっと怖い。純粋な愛は、怖いものなんだけど……。

 私の友人のブログは、3月14日が最後の書き込みだった。キーボードを打つ力は残っていなかったのだろう。音声入力の書き込みは短く、誤変換のせいか意味が通らないところもあるが、要約してみる。「ありがとうございました 応援があってなんとか2度目の投薬が受けられました まだ音声入力しかできません しかもここに至るまで1時間以上かかっています もう限界です なんとかまた報告します また必ず!!」

中野晴行(なかの・はるゆき)

1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。

eBook Japan
2017年3月29日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

イーブックイニシアティブジャパン

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