日朝関係史 関周一 編
[レビュアー] 小倉紀蔵(京都大教授)
◆複雑な動力 多角的に描く
古代から現代までの、日本と朝鮮半島の多元的な関係史を叙述した本。アジアのなかで日朝関係を動かしてきた複雑な動力を、世界観の変化という視点から明確に描いた。わかりやすい。興奮する。ためになる。
世界観とは、たとえば古代の各国における自国中心主義の性格の違いや、海をどう見るか(開かれた利益の源泉と見るか、管理の対象と見るか)など。それは単純ではない。たとえば室町幕府が朝鮮を自分より下の国家として扱ったのは、逆に朝鮮文化を高く評価していたからだった。
対馬の役割も注目されるべきだ。対馬は室町時代以降、幕府と朝鮮とのあいだの軋轢(あつれき)に苦悩しつつ、文書を偽造し、朝鮮に偽使を派遣して莫大(ばくだい)な利益を得た。日本から大量の銀が朝鮮に流れたのも対馬によるところが大きい。ところが幕末になると、対馬は一転して朝鮮進出論を打ち出す。矛盾が凝縮する接触面であるがゆえの行動である。東アジアという枠組みで見れば、日本、中国、ロシアの接触面が朝鮮になるが、その枠組みのなかで日朝関係を見れば、対馬が接触面になる。入れ子構造になっているわけだ。
本書から、現代のわたしたちが学ぶべきことも実に多い。たとえば古代において、君主間の外交が困難になると、別チャンネルが多様に発動して関係を修復したことなどは、現在の外交よりも賢いやり方だ。
ただ本書は、近代・現代の部分が近世までの叙述と明確に異なっており、違和感を与える。近世までの叙述では、日朝の複雑な多元的関係を、道徳や価値から離れて多角的に描くことに成功している。しかし近代・現代にはいると突然、叙述は単眼的になって平板になる。それだけ、この時代に関する複眼的な叙述はまだ困難なのだということだろう。現代に関しては、本書とほぼ同時に出た李鍾元(リージョンウォン)ほか著『戦後日韓関係史』(有斐閣)をあわせて読まれることをぜひお薦めする。
(吉川弘文館・3780円)
編者のほか太田修、木村直也、河内春人、澤本光弘、松田利彦の5人が執筆。
◆もう1冊
池内敏著『絶海の碩学』(名古屋大学出版会)。近世日朝関係をめぐる京都五山僧の役割を、訳官使の往来、漂流民の送還などから考察。