新入社員必読のサラリーマン・マンガ『いっしょけんめいハジメくん』|中野晴行の「まんがのソムリエ」第36回

中野晴行の「まんがのソムリエ」

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すこしマジメすぎる新人が大活躍
『いっしょけんめいハジメくん』コンタロウ

 日本マンガの特徴的なジャンルのひとつに「サラリーマン・マンガ」がある。主人公は会社員で、脇役も会社の関係者。舞台はオフィスか取引先。仕事を離れて行く場所も、ランチやアフターファイブに入る店くらい。この地味なジャンルを成立させている背景には、日本の人口の大半がサラリーマン、OLとその家族で構成されているという現実がある。
 総務省の「労働力調査」によれば、2016年度の日本の就労者(働いている人)の数は年平均で6440万人。このうち何らかの形で雇われている人=雇用者の比率は89.9%。ほぼ9割という数字なのだ。
 地方にシャッターを下ろした店ばかり並ぶ商店街が増え、学生が早い時期から企業の内定を求めて東奔西走するのもわかる。就職というのは「職に就く」のではなく、どこかに「雇われる」ということにすっかり意味が変わってしまっているのだ。
 ちなみに、雇用者と自営業者の数が逆転したのは1950年代後半。80年には自営業者とその家族労働者は30%を切っている。サラリーマン・マンガも80年代から増え始める。今回紹介するのはそんな時代を代表するサラリーマン・マンガ。コンタロウの『いっしょけんめいハジメくん』だ。

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 主人公の天地ハジメは私立K・O大学経済学部を卒業して大手商事で働くことになった新人サラリーマン。真面目すぎるくらいに真面目な性格で、いささか融通が利かないところもあるが、愛社精神は人一倍。もちろん出世を夢見ている。ところが、入社早々失敗ばかり。上司からは「もう学生じゃないんだからね」とガミガミ言われる。落ち込むことばかりだが、それでも気持ちを切り替えて前向きに生きていく若者だ。
『ヤングジャンプ』誌上で連載がスタートしたのは1981年。バブル景気までまだ時間があるが、オイルショック後の不景気もおさまって、就職状況も好転していた時期だ。サラリーマンだった私も、母校の学生との面談をするリクルーターなるものを命じられたが、優秀な学生は、会社訪問の解禁前にあちこちで内定をもらっていたのを覚えている。

 マンガの連載当初はハジメくんがはりきり過ぎて失敗するというパターンの、読み切り連載スタイルのギャグマンガだった。しかし、回を追うごとに、転勤や降格といったサラリーマンの悲哀や仕事の喜びが取り入れられて、ペーソスあふれるサラリーマン喜劇といった趣に変化していった。
 第2巻にはのちに結婚することになるめぐみさんも登場する。営業部から配置転換で経理部に移ったハジメくんに仕事を教えるのがめぐみさん。高卒なので年は下だが、会社では先輩。なれないソロバンに悪戦苦闘しているハジメくんに仕事のコツを指導してくれるのが彼女だ。ハジメくんは彼女に教えてもらってソロバン教室にも通う。
 やがてふたりは結婚の約束をするまでになるのだが、そんな矢先、ハジメくんに九州支社への転勤辞令が下る。離れ離れになることに不安を感じるふたり。「遠距離恋愛は難しい」と言われた時代だ。とはいえ、個人的にはこの遠距離恋愛時代のエピソードが一番気に入っている。自分自身がサラリーマン時代に2年半ばかり福岡にいたせいもあるが……。
 赴任早々、地元農協のドンと呼ばれる九鬼剛三をなぐってしまったハジメくんは、子会社の仲州商会に左遷。そこは本社を追われてやる気をなくした社員のふきだまりだった。英語教材のセールスを任されたハジメくんは持ち前の頑張りで成果を上げ、やがてライバル社三ツ矢物産が行っているメンタイコ買い占めに気づく。博多の人々はメンタイコの品不足に泣いていたのだ。
 博多人のプライドを守ろうと奮闘するハジメくんに、あの九鬼老人や元野球選手の家永たちが協力を申し出て……。家永のモデルは西鉄ライオンズのエースだった池永正明。八百長事件に連座した疑いで永久追放処分を受け、悲運のエースと呼ばれた人物だ。処分取り消しの署名運動が何度も行われたが、ようやく復権したのは2005年だった。
 買い占めを阻止したハジメたち仲州商会の社員たちは新商品「ラーメンタイコ」を開発して成功をおさめる。学生時代に映画部だったハジメくんが低予算でCF(コマーシャルフィルム)をつくるエピソードもいい。

 連載は85年までで、マンガ内の時間もぼぼリアルタイムで流れていく。世相もうまく反映されていて、82年に世間を騒がせた三越事件なども出てくるし、後半には経営破綻した大手商事が、ライバルの根津忠商事に合併されてしまう展開も。
 旧大手商事の仲間たちとコンピュータソフト開発の新会社を始めたハジメくんの頑張りもすばらしい。大きな会社で働くのもいいが、小さな会社を自分たちの手で大きく育てるのはもっとやりがいがあるはずだ。第17巻に収録されている番外編には、ハジメの新人研修の先生だった睦五郎さんのこんな名言がある。
「出世や金なんぞ超越したところに人生はある」

中野晴行(なかの・はるゆき)

1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。

eBook Japan
2017年4月5日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

イーブックイニシアティブジャパン

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