椹木野衣は 大林宣彦の『いつか見た映画館』は 明日を生きる者への「伝書」だと思う

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いつか見た映画館

『いつか見た映画館』

著者
大林 宣彦 [著]
出版社
七つ森書館
ジャンル
芸術・生活/演劇・映画
ISBN
9784822830304
発売日
2016/10/25
価格
19,800円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

椹木野衣は 大林宣彦の『いつか見た映画館』は 明日を生きる者への「伝書」だと思う

[レビュアー] 椹木野衣(多摩美大教授)

 僕らが現時点で読めるこれ以上ない映画評論集が出た。といっても簡単に読み切れるものではない。箱入りで上下巻・総1350頁という怪物的な代物だ。著者は映画作家の大林宣彦監督。1980年代の三部作『転校生』『時をかける少女』『さびしんぼう』で自身のふるさと尾道を一躍、「聖地巡礼」の原点に変えてみせた文字通り映像の魔術師である。無論、大林監督はアニメ作家ではない。だが、60年代の前衛的な8ミリ映画の時代からアニメーションの手法を多用し、その後、一転してTVコマーシャルの世界に飛び込み、数々の「名作」を広くお茶の間に届けた。山口百恵から薬師丸ひろ子、原田知世といったアイドル映画の先駆者でもある。1977年の劇場映画第一作となった『HOUSE/ハウス』では、実写ともアニメともつかぬ大胆な手法で賛否両論を引き起こしたが、今となってみれば、誰よりも早く現在の映画制作を先取りしていたと言える。その影響は細田守監督『時をかける少女』や新海誠監督『君の名は。』(若い男女の内面が入れ替わる設定は大林版『転校生』へのオマージュと考えられる)にまで及んでいる。
 そんな大林監督は、実は誰よりも古典的な映画ファンでもある。その語り口は、時にマニアックであることをよしとするシネフィルというよりは、あの淀川長治に限りなく近い。実際、大林監督には『淀川長治物語』という作品もあるし、巨匠、黒澤明からの信頼も厚かった。つまり歴史だけでなく、現場も知り尽くしているということだ。そんな監督の語りがつまらないはずがない。もし欠点があるとしたら、淀川長治と同様、映画本編よりも話のほうがおもしろいという逆転が起こりかねないということだろう。そんなわけで、本書で扱われた映画は数知れず、しかもDVDまで付録について、そこでもなお監督は話し続ける。分厚い本はとかく権威を装いがちだが、和田誠のスマートだが味の濃いイラストに包まれた本の佇まいは、なんだか軽いエッセイ集のようでもあり、いっそ、エンドマークのない本とでも呼びたくなる。
 けれども、2009年から2016年まで取り上げた映画がクロニクルに並ぶ本書は、実は70歳を超えてからの大林監督の生の軌跡そのものでもある。とりわけ2011年3月の東日本大震災以降、大林監督の心境は、かつて経験したまだ若い戦争時代へと急速に遡る。そこから戦争と震災、核の問題を正面から扱った『この空の花』という奇跡のような映画も生まれた。その映画の中で繰り返される「まだ戦争には間に合いますか」という時制の不明な問いかけ。きっとそれは、大林監督の『いつか見た映画館』が、僕らが「いつか見る映画」へと託される、明日を生きる者への「伝書」でもある。
 その大林監督はいま、かつて劇場デビュー作になりえたが、原作者の死去で断念した檀一雄、『花筐( はなかたみ)』の40年越しの完成へと向けてひた走る。いつか見た映画館の映写機のリールが、カタカタカタと音を立て続けるように。

太田出版 ケトル
vol.34 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

太田出版

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