インターネットもスマホもない世界は不幸?『ヤコとポコ』|中野晴行の「まんがのソムリエ」第38回
中野晴行の「まんがのソムリエ」
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- ヤコとポコ = yako & poko 1
- 価格:748円(税込)
「便利」という言葉を考えさせられる
優しさに心洗われるSF漫画家マンガ
『ヤコとポコ』水沢悦子
私たちはこれまでさまざまな分野で便利を求めて、かなりの成功を収めてきた。コンビニやネット通販、深夜営業のファストフード店のおかげで24時間買い物や食事ができるし、ネット検索を使えばどんなことでもだいたい教えてもらえる。音楽や映画もいつでもどこでも楽しめる。なによりも、携帯電話や電子メール、SNSでつねに家族や友達と繋がっているという安心感は大きい。
でも、それでいいんだろうか。便利さは何かを犠牲にして成り立っているんじゃないだろうか? そんなことを考えさせてくれるマンガを紹介しよう。
水沢悦子の『ヤコとポコ』である。
***
舞台はぺんてるタウンという未来の街。一見、おもちゃ箱みたいで、のんびりほんわかした世界だ。50年くらい前の「通信革命」でスマホや携帯電話は禁止されていて、通信は電話とファックスが基本。検索システムはあるが検索会社が本や辞典を使って調べて、その結果を古いパソコンに送ってくれる仕組みになっている。
そんな中で残ったハイテク機器がAIロボットだ。人型ではなく猫や犬やたぬきなどの動物型で、日常生活のいろいろなところでパートナーとして人間をサポートしている。彼らははじめて動かす前に「かんぺき」「てきとう」「ダメ」の3モードを選ぶようになっていて、1回決めたら変更は不可。ただし、「かんぺき」に設定しても甘やかすと「てきとう」や「ダメ」と同じようになってしまうし、やる気にさせると「てきとう」でも「かんぺき」並になることがある。
主人公の桜井ヤコ先生はマンガ家。マイペース型で、『月刊少女ラスカル』で連載中の「恋のくれよん学園」1本を大切に描いている。アシスタントは、ねこ型ロボットのポコ。ヤコ先生が新人賞を受賞した時の副賞としてもらったもので、「てきとう」モードに設定されているのでドジも多い。でも、かわいい。
そんなポコの楽しみは、ヤコ先生が編集部まで原稿を届けに行っている間にゲームセンターで遊ぶこと。
ほかの登場人物も、ヤコ先生周辺のマンガ家や編集者たち、本屋さん、そしてロボットのアシスタントたちだ。執筆現場や編集者との打ち合わせ、読者からのお便りに一喜一憂する姿などがなかなかリアルだ。同人誌即売会のようなフリーマーケットの話も出てくる。
お話のひとつの鍵になるのは「ゆっこペン」という文房具。
ヤコ先生が子どもの頃、「ゆっこさん」というイラストレーターが作ったさまざまな思い出色のペンで、「うらやましかった友達んちの猫色」や「一番長生きした金魚色」など不思議な色の名前がついていて、どんな色なのかは書いてみないとわからない。何色あるのかも不明。どれか1色でも思い出の色が同じだったら幸せになれるという噂があった。メーカーの「エルゴ」はもうなくなっているけれど、一時期大ブームだったおかげで、ストックがたまに出てくる。
ポコがゲーセンの残念賞でもらった「ゆっこペン」に懐かしさを感じたヤコ先生は、なんとなく「ゆっこペン」を集めはじめた。幸せになれるかも知れないから……かな? で、「ボクが幸せなのは ヤコが幸せになることだから!!」というポコも一緒に探すようになるのだ。
いろんなエピソードの中で、好きなのは『月刊少女めぎつね』などで活躍するオリーブ翠先生が出てくるものだ。オリーブ先生は、ロボット・アシスタントをたくさん使っていくつもの連載をこなしている。下積みが長かったので仕事に貪欲なのだ。下積み時代からオリーブ先生を支えているチーフ・アシスタントが犬型ロボットのロダン。ポコとは対象的に仕事ができるタイプだ。
ところがある日、ロダンは原稿を届ける途中に故障して倒れてしまった。実は「かんぺき」モードだと思われていたロダンの設定は「てきとう」モードだった。チーフとしてバリバリ働いていたのは、オリーブ先生のために無理をしていたのだ。故障の原因は過労だった。偶然ロダンを見つけたヤコ先生とポコはロボット救急を呼んで助けた。
その後、編集者を通じて「お礼に一緒に食事を」と言ってきたオリーブ先生。でも、ヤコ先生は、編集者からの電話に「断って欲しい」と返事をする。ちょうどそのとき、オリーブ先生から手紙が届く。封筒を開けるとお礼の手紙と一緒に「好きだった男の子の家の屋根色」の「ゆっこペン」が……。
便利さと引き換えに失ったのは、お互いを理解し合うために程よい心の距離をつくる余裕だったかもしれない。かつて、ヤコ先生たちの世界も行き過ぎた通信技術で大きな犠牲を出していたのだ。通信革命はその反省の上に行われたものだった。革命以前を振り返った本屋のおじさんのセリフが心に残る。
「近づき過ぎないほうがいいときってあるものね」「電話とかパソコンを身につけてて…… 人と人の距離感がめちゃくちゃだったな」「便利だったけどワシはいまのほうが好きかなぁ」
中野晴行(なかの・はるゆき)
1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。
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