これが日本を滅ぼす「巨悪」の正体だ!『巨悪学園』|中野晴行の「まんがのソムリエ」第40回

中野晴行の「まんがのソムリエ」

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アクション劇画みたいな……、ギャグみたいな……
『巨悪学園』原作:うどん 漫画:長沢克泰

 講談社が出している隔月刊雑誌に『ネメシス』がある。いや正確には雑誌と呼ぶのはまずいのかもしれない。雑誌コードを持たない単行本扱いの定期刊行物で、「シリウスKCDX」レーベルのコミックアンソロジーというのが流通上の分類になるようだ。とは言え、収録作品の大半は連載形式になっていて、50年くらい昔の貸本屋に毎月新しいものが並んでいた『影』『刑事』『摩天楼』『魔像』などの短篇集とどこか似ている。内容も、中山昌亮の『後遺症ラジオ』、すぎむらしんいちの『ブロード・ウエイ・オブ・ザ・デッド女ゾンビ』(2017年2月号で完結)、沙村広明の『ベアゲルター』、最近では馬場康誌の『ゴロセウム』などメジャー誌にはないようなアナーキーでエッジの立った作品が多い。個人的には現代の貸本マンガと呼んでもいいんじゃないかと考えているくらいだ。講談社の人は怒るかもしれないが、日本マンガの流れを大きく変えたのは貸本マンガから登場した「劇画」だ。それを意識した褒め言葉として使っているのである。
 そんな中でとくにお気に入りの作品が、2011年1月発売のNo.3からスタートし、今も連載中の『巨悪学園』である。

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 作者は長沢克泰うどん。この奇妙な名前は、やきとのユニット=やきうどん名義の格闘BLギャグ『主将!!地院家若美』などがあるうどんが原作・ネーム。作画を『楊家将(北方謙三・原作)』や『真田幸村』などリアルなアクションものを手がけた長沢克泰が担当するユニットだから。「まんまやんか」といえばそのとおり。
 舞台になる「巨悪学園」は日本社会を裏で支配する“巨悪”を数多く輩出する謎の高校。巨悪とは政治、マスコミ、宗教を影で操り、国民が必死に働いて得た利益を不当に搾取して、私腹を肥やす連中(やから)のこと。日本の不況がいつまでも終わらないのは「巨悪」が蔓延るせいだと考えた内閣特殊調査室(NTT)長官・土門敬一郎は、巨悪がみな「巨悪学園」の卒業生であることを掴んだ。そして、特殊工作部隊の新命龍明(しんめい たつあき)に生徒として潜入捜査をするよう命じたのだった。

 この学園がとにかくものすごい。校門にはセキュリティのために127ミリ機関銃が据えられていて、IDカード(エロカードにあらず)なしに通ろうとしたものには銃弾の雨を浴びせかける仕掛け。IDカードを手に入れるためには2000万円が必要だ。そして、なんとか校門をくぐり抜けた新命が教室で見たものは、裏社会の黒幕のような面構えの高校生たち。どう見ても老人で、とても16歳には見えない。悪の経験からくる貫禄が凄まじすぎて、実年齢よりも何倍も老けた容貌にしているのだ。先生からも「御前」と呼ばれる生徒たちは、教室でも酒池肉林に溺れ、逆らう者は容赦なく粛清という残虐非道で淫蕩な学園生活を送っていた。
 中でも大物が御前崎征士郎(おまえざき せいしろう)だ。蓬髪に髭をたくわえた巨漢。ヤクザの大親分を彷彿とさせる16歳。車椅子に乗り黒服のボディガードを従えて登校している。
 彼らの前で先生たちは奴隷以下。虫けらよりも軽い存在だ。なにしろ、漢字を読み間違えたら文部科学省に電話を入れて読みを変えさせる、なんてことも朝飯前。逆らえば待っているのは死なんである。

 そんな厳しい状態の中、新命は鍛え抜かれた体力と技量でピンチを切り抜け、全員を養老院――じゃなく少年院送り、というミッション達成に向けて進んでいく。
 アクション劇画タッチのリアルな絵とバカバカしい設定のギャップが実にいい。もしギャグマンガ風の絵で描かれていたら、おそらく私はこのマンガが好きにならなかっただろう。下ネタも満載で、そこも魅力。さらに、強面の御前たちが、権力を嵩に着ているだけで、実はアホでヘタレだというのもツボである。隣のクラスの磔刑田胤玄(たっけいだ いんげん)の軍勢との戦いで窮地に立たされた御前崎が腹を切ろうと言い出したものの、痛そうなので麻酔を打って欲しいだの、ちくんはいやだの言う姿は、「お前ら子どもか(まあ、そうなんだけど)」と突っ込みたくなるほど幼い(第7話 死の校門の戦い)。熱血教師・森武健作(もりたけ けんさく)の登場で一瞬、見せかけだけでも改心してしまうのもかわいい(第17話~18話 死の体罰)。強いが間抜けな新命と、御前崎の関係などは、うどんお得意のBLギャグ要素が混じっているのかもしれない。ヤンキーマンガとして読めるし、「これは少女マンガだ」とのたまう御仁もいる。
 なかなかお得なマンガなのだ。さらに、第1巻の巻末には長沢とうどん、タイトルロゴ担当の平本アキラによる鼎談らしきものと、うどんによる原作ネームと長沢のマンガの対比。ジャーナリスト・上垣平隆之の命懸け(?)解説。2巻、3巻にもネームのフルヴァージョン。さらに3巻には『ヤングマガジン』で『監獄学園(プリズンスクール)』を連載する平本アキラとのコラボ企画などを収録するというサービスたっぷりの内容。これで君も「巨悪」の一員だ!!

中野晴行(なかの・はるゆき)

1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。

eBook Japan
2017年5月3日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

イーブックイニシアティブジャパン

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