『月の満ち欠け』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
月の満ち欠け 佐藤正午 著
[レビュアー] 陣野俊史(文芸評論家)
◆生まれ変わり主題に
主人公の小山内堅は八戸生まれ。東京で大学生活を送ったあと就職し、梢と結婚、不自由のない暮らしを送った。娘も生まれた。異変が起きたのは、娘の瑠璃が小学二年生のとき。一週間、高熱が続き、回復した瑠璃は大人びていた。それだけではない。知るはずのない昔の出来事を語り、往年の歌謡曲を口ずさんだ。
世の中には生まれ変わりとしか思えない人々がいる、という。瑠璃という名の少女や女性がこの小説には何人も出てくる。彼女たちは突然の事故などによって、この世に愛する人を残し、拭いきれない愛情をひきずって亡くなった。彼女たちの思いが、生まれ変わりの人々の中に転移する。この小説のタイトルのままに、思いは途絶えては受け継がれる。
荒唐無稽な話だとは思う。前世の記憶を持った人に会ったことのない、評者のような人間には、にわかに信じがたい話である。けれども、佐藤正午はそれを無茶(むちゃ)な話であると認めたうえで、この小説を書いている。そこでこそ小説家の筆が冴(さ)えるのだ。
佐藤の小説を読むと、いつも音楽を想起する。たとえば太鼓は、その楽器の特性をよく知った演奏家の正確無比な腕によってきちんとした音を出す。佐藤は、小説を動かす正確な手法を知っている。佐藤の繰り出す言葉は、精妙な筆づかいによって小説の中で鳴り響いている。
(岩波書店・1728円)
<さとう・しょうご> 1955年生まれ。作家。著書『鳩の撃退法』『身の上話』など。
◆もう1冊
佐藤正午著『永遠の1/2』(小学館文庫)。たびたび別人と間違われ、事件に巻き込まれた男を描いたデビュー作。