芥川賞直前も“弱い”文芸誌各誌、力作は

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

現代の病理という新境地に挑んだ高橋弘希の力作

[レビュアー] 栗原裕一郎(文芸評論家)


群像 2017年 06 月号

 文芸誌6月号は芥川賞直前ということで各誌勝負作を投入してくる号なのだが、うーん、どうも弱いですね。

 そんななか、高橋弘希日曜日の人々(サンデー・ピープル)」(群像)が新境地に挑んだ渾身作だった。「僕」のところに死んだばかりの従姉の奈々から段ボール箱が届く。「僕」と奈々は互いに好意を寄せていたが、奈々は自殺してしまった。彼女は「REM」という、自傷癖や盗癖、不眠症や摂食障害などを抱える心身を病んだ人々が集まる会に出入りしていた。その会では参加者が個人的な告白を原稿に書き発表するという活動が行われており、「日曜日の人々」という冊子にまとめられていた。その「日曜日の人々」を奈々は「僕」に送り付けてきたのである。REMへ足を運んだ「僕」は、会に集う人たちとの交流と「日曜日の人々」を読むことにのめり込み、自らの狂気を発現させていく……。

 戦争を描いて必然性を問われた高橋が現代に舞台を移した作だが、現代の病理という必然性にやや囚われすぎた感がないではない。でも力作です。

 鈴木善徳天使の断面」(文學界)は、女装する牧師が語り手というかなりの変化球なのだが、主人公の突飛な造形に必然性を持たせており力量を感じる。テーマはトラウマと罪、そして赦し、となるだろうか。曲球(くせだま)ながら超シリアス。

 李・琴峰(り・ことみ)「独舞」(群像)も曲球だ。群像新人文学賞優秀作。作者は台湾人で、23歳で来日した。現在27歳。つまり母語でない外国語で書かれた小説なのだ。台湾出身の作家というと温・又柔(おん・ゆうじゅ)がいるが、温は日本語も母語に近い言葉として操れる中台日のトリリンガル。

 主人公は日本で働く台湾人女性。レズビアンだが、男にレイプされたトラウマを癒やしきれず、死の観念に取り憑かれている。言語と性、二面で引き裂かれた主体の物語というといかにも純文学的だが、事件がこれでもかと投入されていてエンタメ的でもある。日本語ともども消化不良の気味が強く出来が良いとはとても言えないのだけれど、日本の作家にはないパワーを感じさせる新人である。

新潮社 週刊新潮
2017年6月1日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク