元・英雄のジジイが暴れまわる!『銀狼ブラッドボーン』|中野晴行の「まんがのソムリエ」第44回
中野晴行の「まんがのソムリエ」
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- 銀狼ブラッドボーン
- 価格:607円(税込)
骨を貪り咀嚼する敵と戦う70歳の英雄
『銀狼ブラッドボーン』原作:艮田竜和 作画:雪山しめじ
次の日曜日、6月4日はムシにちなんで虫歯予防デー。そう思い込んでいたら、いまは「歯と口の衛生週間」の初日なんだそうだ。日本歯科医師会が6月4日を「虫歯予防デー」に設定したのは1928(昭和3)年のこと。1939年に「護歯日」と名称を変え5月4日に移された。太平洋戦争中の1942年に中止。戦後の1949年に「口腔衛生週間」として6月4日からの1週間が新たに設定され、58年からは「歯の衛生週間」となる。歯の衛生週間は覚えているが、小学校の図工で「虫歯予防デー」のポスターを描かされた記憶があって、いまだに6月になると虫歯予防を思い出す。ちなみに「歯と口の衛生週間」になったのはつい最近の2013年。変わったのも知らなかった。
今回紹介するのは歯にちなんだマンガ。とはいえ、健康的な歯ではない。かなり残酷でグロテスクな歯だ。艮田竜和・原作、雪山しめじ・マンガのゴシック・ホラー作品『銀狼ブラッドボーン』である。
***
舞台になるのは近世ヨーロッパの面影を強く残した架空の都市・サンサロド。かつてこの街には吸血鬼がはびこって、人々を苦しめた暗い歴史があった。不死身と言われる吸血鬼たちを倒し、街に平和をもたらしたのは吸血鬼ハンター、ハンス・ヴァーピットと、彼とともに戦った吸血鬼掃討部隊「銀狼団(シルバーウルヴズ)」の面々だった。35年前、彼らは吸血鬼を壊滅させ、吸血鬼王・ファウストをこの世界から葬り去った。かくて人々は平安な暮らしを取り戻した。
ある夜、事件は起きた。地下室でひとりの少女の惨殺体が発見されたのだ。現場に残されていたのは少女の血と肉だけ。200以上あったはずの骨は全て持ち去られていた。当初、警察は快楽殺人者の犯行と見ていたが、その後も犠牲者は6人に増え、捜査責任者のドゥネ・エルロン警部は事件を化物による犯行と断定。かつて吸血鬼を退治したハンス・ヴァーピットに仕事を依頼することにした。
ハンスはすでに70歳。広大な屋敷で孫のような年頃の半吸血鬼(ダンピール)の美少女・ココウィルと静かな余生を送っていた。ココウィルは、見世物として人間に囚われていたところをハンスによって救われたのだ。
ドゥネからの手紙に「老いぼれの最後の仕事を始めよう」と立ち上がったハンス。その前に現れたのは、自ら「骨を貪り咀嚼する者」と名乗る美青年・グリムだった。グリムが事件を引き起こした目的は、伝説の吸血鬼ハンター、ハンスを再び戦場に引きずり出し、彼の『今』を見極めることだった。グリムは最初の戦いで敗れたハンスの体の中にあるものを埋め込む。それは『最高の姿のハンス・ヴァーピット』を蘇らせる何か――ふたりを繋ぐ、外れない楔。
連載場所が小学館のWEBマガジン『裏サンデー』という事情もあるのかもしれないが、最初の2巻の展開は早く、私のような古いタイプのマンガ読者には正直ついていくのがしんどい部分もある。雑誌連載のような「タメ」があまりないせいもあるだろう。重要な役割を果たすと思われたキャラが冒頭で惜しげもなく殺されてしまったときには、「うっそー」と驚いた。
それでも力強さ溢れる画、アクションシーン、ケレンに満ちた設定には引き込まれる。
登場人物も相当魅力的だ。かつてハンスが倒した吸血鬼が使っていた魔剣「鬼童丸」をやすやすと操る抜刀術の達人・村上秋水と、新人女性刑事アナ・ブライトがハンスの仲間に。一方のグリムは、吸血鬼掃討戦で戦死した「銀狼団」の戦士たちを生き返らせて味方につける。グリムには死体を蘇らせたり、人間を使って化物を繁殖させる力があるのだ。かくてハンスには、若き日の仲間たちや親しい人と戦う過酷な運命も科せられる。さらに、グリムの仲間には、ハンスが倒したはずの吸血鬼王・ファウストやココウィルの弟・カイルも……。
そして、市民を守る名目で軍が乗り出してくることで事態は大きく動く。35年前の吸血鬼掃討作戦に関連して、軍には知られたくない大きな秘密があったのだ。グリムもその秘密を利用しようとしているらしい。
ハンスを英雄にした、吸血鬼=悪という過去の戦争の図式はここから大きく変わってくる。ココウィルとカイル姉弟の生い立ちにも、過去の戦争は暗い影を落としている。
はじめのスピーディーすぎる展開さえ乗り切れば、あとはもう謎が謎を呼んで、続きがどんどん読みたくなるだけ。ハンスも過去のエピソードが語られるとともに、ただ強いだけのじいさんではなくなって、読み手の感情移入もしやすくなる。アナの出番が少ないのは少し残念だけど、そのうちにバリバリ活躍することに期待したい。
で、歯である。グリムの正体は歯の化物。しかも、巨大な歯を持つ蜘蛛のような怪物を操るのだ。たぶん、虫歯はないはずなんだけど……。
中野晴行(なかの・はるゆき)
1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。
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