『人間の経済』
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人間の経済 宇沢弘文 著
[レビュアー] 根井雅弘(京都大教授)
◆新古典派の欠陥糾弾
本書は世界的な理論経済学者、宇沢弘文さんの生前におけるインタビューや講演録などをもとに編まれた、いわば「遺言」と言ってもよい。
宇沢さんは、若くして数理経済学の業績でシカゴ大学教授にまでなりながら、ベトナム戦争を境に当時の主流派であった新古典派経済学への疑問を募らせ、ついには社会的共通資本を中心にした独自の公共経済学を構想するようになった。
新古典派経済学は、市場メカニズムへの基本的な信頼の上に成り立っているが、日本に帰国した宇沢さんが目にした水俣病の現実は新古典派の理論的枠組みの欠陥のみならず、その倫理的欠陥にも目を開かせた。その後の宇沢さんが、公害問題や地球温暖化などの問題に積極的に取り組んでいく契機を与えた。
本書には宇沢さんの思想形成に影響を与えたジョン・デューイのリベラルな教育哲学、「営利」中心の大学運営を痛烈に批判したヴェブレンの制度主義の経済学などがやさしい言葉で説かれており、はじめて宇沢さんの思想に触れる人たちには最適な案内書になっていると思う。
フリードマン流の市場原理主義の採用が、医療・環境・農村などにおける社会的共通資本をいかに破壊してきたかを糾弾する厳しい言葉は、まるで肉声を聞いているかのような迫力がある。経済学者の「心」を伝える好著である。
(新潮新書・778円)
<うざわ・ひろふみ> 1928~2014年。経済学者。著書『宇沢弘文著作集』など。
◆もう1冊
宇沢弘文著『宇沢弘文の経済学』(日本経済新聞出版社)。社会的共通資本を軸にして、著者の多彩な論考を総括。