寄藤文平は『滅びと再生の庭:美術家・堀浩哉の全思考』を焚き火に当たるような気持ちで少しずつ読む

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滅びと再生の庭

『滅びと再生の庭』

著者
堀 浩哉 [著]
出版社
現代企画室
ジャンル
芸術・生活/芸術総記
ISBN
9784773814224
発売日
2014/10/25
価格
4,070円(税込)

書籍情報:openBD

寄藤文平は『滅びと再生の庭:美術家・堀浩哉の全思考』を焚き火に当たるような気持ちで少しずつ読む

[レビュアー] 寄藤文平(アートディレクター)

寄藤文平
寄藤文平

 武蔵野美術大学には中央広場があって、昔そこはレンガの石畳だったそうだ。学生闘争が盛んだった時期に学生がそれを剥がして投石に使ったため、アスファルトで固められたという。1992年、ぼくは大学の自治会委員をやっていて、自治会室の倉庫から当時のガリ版と思わしき檄文の束が出てくることがあった。その内容に共感はなかったが、なにかを表現しようという熱量が伝わってきて、かつて同じ年齢の人間がそれを書いたということがすこし悔しかった。
 父は学生闘争には参加しなかったようだが、当時出会ったマルクスの考えを生涯にわたって実践しているようなところがあった。大学に入る前に通った美術予備校の恩師は1970年前後の学生闘争に参加していたようだ。角棒を持って機動隊と衝突したといった話をたまに聞かせてもらった。そういった様子を知るたび、ぼくの生きている時代の凡庸さが際立つようなところがあって、コンビニでお菓子を買ってエロ本を読んでいる自分がなんだかフヌケに思えた。とはいえバリケードで学校を封鎖して床のレンガを剥がして投げつけた人たちを尊敬しないし、一方でその熱量がうらやましく、しかしその人たちが大した作品を作っていたようにも見えず、とにかく俺は確実な実力を身につけてやる、という理路でもって彼らの時代を遠ざけた。
 この本を読もうと思ったのは、先の恩師の話の中に「堀」という名前が出てくることがあったからだ。師は当時、日本宣伝美術協会を粉砕するという運動をやっていたようで、その仲間を指して「堀がな……」といった感じで話すことがあった。書店でこの本を見つけ、もしかしてあの「堀」ではないかと直感し、目次を読んでその「堀」だと確信した。
 まえがきに〈「現在」と「未来」に同伴することで、ぼくの過去はますます遠去かった〉という一文がある。かつて学生闘争に明け暮れ、大学を追放され、やがてその大学で若い学生を教えるようになった経緯とその一文にぼくは強いリアリティを感じた。たぶん父も先生も、学生闘争の時代をひとつの過去とすることで現在に納得していく過程を生きていた。ぼくはそこに、忍耐と諦観がまぜこぜになった成熟というか、忸怩たる静けさみたいなものを感じていて、その中でお菓子を食ってエロ本を読んでデザインを鍛えてきたのでもあった。
 著者は3・11とその後の日本と社会のありさまを見つめ、遠ざかっていた過去が「見ないふり」をしてきた現在として今もここにあるのだという、そのような実感からこの本の出版にいたったという。ぼくはそういうありかたに正しさを感じる反面、たぶんこの本は、「その過去」とか「ゆえの現在」といった因果律による物語的な解釈を必要としていないとも思った。
 様々な時代と場所で発表された著者の手記や原稿が収録され、700ページもあるうえに、ひとつひとつの文にかつて読んだ檄文と同じような熱量があって、読了できていない。焚き火にあたるような感じで、少しずつ読んでいる。

太田出版 ケトル
Vol.36 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

太田出版

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