処刑されたはずの男による復讐劇!『ターゲット』|中野晴行の「まんがのソムリエ」第45回

中野晴行の「まんがのソムリエ」

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劇画黄金時代の名作
『ターゲット』園田光慶

 マンガの歴史が大きく変わったきっかけのひとつが、1960年代の劇画ブームだ。貸本屋向けに卸されていた「貸本マンガ」から生まれた劇画が、マンガにシリアスな描写を取り入れたのだ。60年代後半にはメジャーなマンガ雑誌にも進出。それまでライバルの『週刊少年サンデー』の後塵を拝していた『週刊少年マガジン』は、水木しげるの『墓場の鬼太郎』(のちにゲゲゲの鬼太郎)など、劇画の起用で部数を100万部に増やした。同じころ登場した青年コミック誌も劇画作家たちの意欲的な作品で若い社会人や大学生のハートを掴んだ。かくてマンガの読者人口は大きく膨れ上がっていくのだ。
 そんな時代に活躍した劇画作家に、ありかわ・栄一がいた。大阪生まれのありかわは、大阪の日の丸文庫から『死剣幽四郎』を発表してデビュー。その後、東京トップ社から出した『挑戦資格』『アイアン・マッスル』で注目された。絵には定評があり、同時代の劇画家の多くがありかわ・栄一の絵から影響を受けたという。
 そのありかわがペンネームを園田光慶と変えて少年誌に進出したときは、貸本の読者だったわれわれも驚いた。名前を変えたのは似た名前のマンガ家がいたせいと言われているが、真偽のほどは知らない。少年誌に進出した園田の代表作が、1967年から『週刊少年サンデー』で連載を開始した『あかつき戦闘隊(相良俊輔・原作)』と今回紹介する69年の『ターゲット』である。

 ***

 物語は、単身で巨悪に挑む男の復讐譚だ。
 アフリカのバーナード共和国(架空の国)から45キロ離れた「終身島」と呼ばれる孤島。そこは無期懲役刑を宣告された囚人たちを閉じ込めるための自然の監獄だ。海には獰猛なサメの群れが牙を剥き、地上は銃を持った看守たちが、逃げ出した者はいつでも射殺できるように見張っていた。この島に、ひとりの日本人が囚われていた。白髪で無表情、無口な男の名は、岩神六平。
 彼は電子機器メーカー東京電子工業の御曹司だった。ある日、福岡に出張中の彼のもとに、東京の屋敷で両親と妻と子どもが銃で惨殺されたという知らせが届く。事件のカギを握るバーナード貿易と社員のグリンカ=ミコノスを追って、バーナード共和国の首都・ギーナにやってきた岩上は、罠にはめられ警官殺しの犯人として、裁判も受けないまま終身島に送られてきたのだ。
 看守に逆らった岩神と彼をかばったアメリカ人、ジョン・ドゥは、残忍な所長のヤコブから銃殺刑を宣告された。ジョンは新聞記者としてギーナにやってきたが、スパイの嫌疑で島に連れてこられたのだ。
 17人の看守が銃を構えたとき、岩上は不敵にもこう宣言した。「ヤコブ… おれは約束してもいいぜ!! あんたにあいにくることをな!!」そして、銃弾を受けたあともなお「かならずおれは復活する!!」とヤコブに向かって叫びながら倒れていった。

 リアルタイムで読んでいない人たちは、スティーブ・マックィーン主演の映画『パピヨン』を連想するかもしれない。絶海の孤島にある監獄という設定はたしかにちょっと似ている。しかし、映画の日本公開は1974年。アンリ・シャリエールの原作が発表されたのは1969年だ。園田が原作を知っていたとは考えにくい。むしろ、19世紀に書かれたアレクサンドル・デュマの『モンテ・クリスト伯』などをもとにスパイアクション要素を加えたオリジナルと考えたほうがいい。

 処刑から1ヶ月後、ギーナでは岩神を罠にかけた警官たちが次々に殺される事件が起きた。ここでようやく、ヤコブがある国際的な犯罪組織のメンバーで、支部長と呼ばれる老人の命令で動いていることが明らかになる。東京での岩神家惨殺事件後、姿を消した岩神の弟・徹二もまた支部長のもとにいた。
 そして、支部長からギーナに呼び出され島に戻るヤコブの船に、死んだはずの岩神が姿を現す。ついに復讐が果たされる直前、徹二の銃口が岩神に迫った。家族を殺したのはお前なのか、と詰め寄る岩神に、徹二は平然と「そうだ……おれが殺したんだ!!」と答える。

 銃殺刑にあった岩神が生きていたのはなぜ。家族が惨殺された理由は。そもそも、徹二はなんのために兄や家族を裏切ったのか。岩神が謎を追い真相に近づくほど、まわりでは罪のない人が死に、悲しい現実が見えてくる。少年誌とは思えない悲惨な展開に、わたしはじめはびっくりしたが、喝采もした。

 やがて、岩神はアザーワールドと呼ばれる謎の組織で殺人教育を受けることになる。訓練を終えて、支部長やヤコブたちの組織の概要を知らされた岩神は、組織壊滅の命令を受けるが……。
 ピンチに次ぐピンチ、逆転また逆転。息をもつかせぬ展開は黄金時代の劇画ならではのものだ。アクションシーンも素晴らしい。ヤコブの悪人ぶりも最高。これを原作にして実写映画化すればきっとヒットするのに。

中野晴行(なかの・はるゆき)

1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。

eBook Japan
2017年6月7日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

イーブックイニシアティブジャパン

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