暴走するトロッコを止めるか止めないか。「思考実験」によって身につく大切なこと

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論理的思考力を鍛える33の思考実験

『論理的思考力を鍛える33の思考実験』

著者
北村 良子 [著]
出版社
彩図社
ジャンル
社会科学/経営
ISBN
9784801302099
発売日
2017/04/27
価格
1,430円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

暴走するトロッコを止めるか止めないか。「思考実験」によって身につく大切なこと

[レビュアー] 印南敦史(作家、書評家)

有名なものからオリジナルまで、33種もの「思考実験」を掲載しているという『論理的思考力を鍛える33の思考実験』(北村良子著、彩図社)は、いわば誰にでも試すことができる思考実験の入門書。しかし、そもそも思考実験とはなんなのでしょうか? なんだか、とても難しそうにも思えます。

思考実験とは、実験と聞いて最初に思い浮かぶ理科の実験のように、道具やそれを扱う場所を必要とする実験ではありません。ある特定の条件の下で考えを深め、頭の中で推論を重ねながら自分なりの結論を導き出していく、思考による実験です。
例えば、ニュートンは落下するりんごを見て、この現象が宇宙の他の星にもはたらいているのではないか、なぜ月は落ちてこないのかと着想したという説があります。この思考が、有名な万有引力の法則につながっていくわけですが、これもりんごが落下するという事象を頭の中で拡大解釈していった、一種の思考実験といえます。

(「はじめに」より)

つまりは思考実験とは、自分の倫理観や知識、論理的思考力、集中力、想像力などを駆使しつつ、頭のなかで行う実験だということ。時間や場所を選ばずにでき、改めて自分を知るきっかけにもなるといいます。また、脳トレーニングにも力を発揮するのだとか。

思考実験は特に、ビジネスの場でも欠かせない論理的思考力を鍛えるために役立つのだそうです。なぜなら、推論を重ねながら物事をさまざまな角度から見つめ、結論を導き出していくためには論理力が必要とされるから。

著者はパズル作家として、多くの問題と向き合うなかで思考実験に出会ったという人物。パズルと思考実験は脳を鍛えるために非常に有効で、しかも楽しめるという共通点があるのだといいます。

きょうはそんな本書のなかから、思考実験を一躍有名にしたという「トロッコ問題」をご紹介したいと思います。「暴走したトロッコが線路を走ってきて、その先にいる作業員にぶつかり、作業員は死んでしまう」というひとつの場面にいくつもの設定が加わり、シナリオが多岐にわたって展開していくもの。「トロッコを避ける」とか「トロッコが近づくのに気がつく」といった、現実には考えられる視点をあえて外すことで選択肢を絞り、難しい判断を行うのだそうです。

ここで考えるのは、「5人を助けるか、1人を助けるか」という共通の問題。現実にはあり得ないような設定だとはいうものの、これらの設定は5人か1人かというひとつの問題に的を絞るためのもの。多くの場合、実際の現場にはその他の選択肢がありますし、自分が行う行為により必ずしも予想する結果になるとは限らないでしょう。しかし、これは思考実験なので、あくまでフィクションとしての設定なのだと著者は記しています。

暴走トロッコと作業員

「暴走トロッコと作業員」は、イギリスの倫理学者フィリッパ・フットが1967年に提示し、今日まで議論が繰り返されてきた有名な思考実験。トロッコ問題の思考実験にはいくつかのパターンがあるものの、いずれも共通しているのは「5人を助けるために1人を犠牲にするのは正しいか?」ということ。その部分が同じだとしても、背景としてさまざまな設定があり、その設定によって多数派となる意見が異なってくるということです。ある条件下では5人を助けることを選択し、他の条件下では1人を助けるほうを選択する人が多くなるということ。ただし、自分の意見が多数派に属さないこともありうるわけです。とはいえ、必ずしも多数派が正解とは限らないといいます。

線路の切り替えスイッチのそばにいるあなたは、とんでもない光景を目の当たりにしていました。

あなたの右方向から石をたくさん積んだトロッコが猛スピードで暴走しています。(中略)とうてい今から止めることはできません。ただ、線路の切り替えを行えば進行方向を変えることができます。

線路の先には5人の作業員がいます。5人ともトロッコにはまったく気づいておらず、おそらく避けることはできないでしょう。このままではトロッコが突っ込み、5人は死んでしまいます。

あなたは、切り替えスイッチの存在に気がつき、これを切り替えて5人を助けようと思い立ちます。あなたは切り替えスイッチに近づき、勢いよくスイッチに手を伸ばします。

しかし何ということでしょう。あなたは一瞬、切り替える先の線路のほうに目をやり、様子を確認しました。すると、視線の先には1人の作業員がいるではありませんか。スイッチを切り替えれば、この1人の作業員が死んでしまいます。

あなたはこの6人と面識はなく、6人とも何の罪もない人です。(中略)あなたもたまたまこの現場に居合わせてしまっただけで、そこにスイッチがなければただの傍観者の1人です。

実際には「5人もいれば誰か気づくだろう」とか、「大声を出して危機を知らせる」とか、いろいろな方法を考えてしまうところですが、ここではスイッチを切り替えること以外あなたにできることはなく、作業員はトロッコの暴走に気づいていない状態とします。

あなたはスイッチを切り替えますか?

それともそのままにしますか?

(17ページより)

考え方のヒント

この思考実験は、NHKで放送されたサンデル教授の『ハーバード白熱教室』で取り上げられ知名度を上げた問題だそうです。

この思考実験における「多数派」は、「スイッチを切り替え、1人を犠牲にして5人を助ける」こと。有名な思考実験であるだけにデータも複数あり、だいたい85%以上の人が「スイッチを切り替えて5人を助ける、そのために1人を犠牲にする行動を起こすことは許される」と回答しているのだとか。

つまりこの条件下においては、「1人より5人を助ける」という、単純な「数」としての思考が働くわけです。面識のない5人と1人で、どちらにも感情を変化させる要素はないため、比較的冷静に思考している状態」「1人の命よりも5人の命のほうが重い」と考え、スイッチを切り替えようと判断するということ。

それに対して、少数派意見である「スイッチを切り替えずに5人を犠牲にする」と答える人の考えの一例はこうなるのだそうです。

もともとトロッコは5人の方向に向かって走っていたのだから、5人は犠牲になる運命にあった。(22ページより)

そして「もう1人のほうは進行方向とは関係のない位置にいたのだから、この人を巻き込むのは間違っている」と考えるわけです。いってみれば、人の運命を自分が操作してしまうことに抵抗を感じるということ。

また他方には、スイッチを操作することで、「自分は傍観者から、この事故に関係する人になる」という考え方もあるでしょう。そして多くの人がやむを得ないと考える状態であるとはいえ、関係のない1人の作業員を自分の手で殺すことになるということに、強い拒否反応を示すわけです。

当然ながら、どちらが正解で、もう片方が間違っているという明確な答えがあるわけではありません。しかし、「これについてどう考えますか?」ということ、それこそが暴走トロッコの事項実験だということです。(20ページより)

思考実験が命を救うことも?

ところで思考実験は、時に生命を脅かす危険から身を守ってくれることもあるそうです。いい例が、1977年にスペイン領カナリア諸島のテネリフェ島にあるロス・ロデオス空港での事故。滑走路上で2機のボーイング747型機(パンナム機とKLM機)が衝突し、乗客乗員合わせて583人が死亡した大惨事です。ちなみに生存者は61人(乗客54人と乗員7人)。

イギリスの心理学者ジョン・リーチの研究によると、人は大惨事に見舞われたとき、呆然としてしまうか、冷静に行動できるか、取り乱してしまうかの3グループに分けられ、もっとも多いのが呆然としてしまうグループ(7割強)。

この事故の複数の生存者は、普段から「もしこうなったらどうしようか」という深い思考を繰り返しており、それがいざというときの素早い行動につながったという説があるのだそうです。

生存者の証言のなかには、過去に事故に遭遇した経験があったため、常に最悪の事態を考え、「なにかがあったときにどう行動するか」をシミュレーションしており、飛行機に乗った際には避難経路を確認していたというものがあったのだといいます。他にも、どうやって非常口まで駆け抜けて行くかを想像したり、電気が消えているかもしれないと想定して大まかな距離を感覚として把握しておくなど、他の乗客がやらないことを自然に行っていたかもしれないというのです。

つまり彼らは、もし飛行機が事故にあったらどうしようか、という設定で思考実験を行なっていたとも考えられるわけです。(「おわりに」より)

上記からも推測できるとおり、たしかに思考実験はさまざまなシチュエーションで応用できそうです。本書でさまざまな思考実験をしてみれば、そこで得た経験が思いもかけない場面で役立つかもしれません。

メディアジーン lifehacker
2017年6月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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